回収と支払いの時間差を、どう埋めるか
利益は出ている。なのに、月末になると現金が足りない。多くの資金繰りの苦しさは、儲けの有無ではなく、お金が「入ってくるタイミング」と「出ていくタイミング」のズレから生まれます。この時間差をどうしのぐか。そして、しのぐだけでなく、その差を逆に味方につける道はないか。守りと、その一歩先の攻めまでを考えます。
SUMMARYまず、要点だけ
商売には、売上が現金になるまでの「回収サイト」と、仕入れや外注に支払うまでの「支払サイト」があります。回収より支払いが先に来れば、帳簿が黒字でも、手元の現金は先に尽きる。これがいわゆる黒字倒産の正体で、資金繰りの苦しさの多くは、この時間差から生まれています。
問われているのは、儲かっているかどうかではなく、お金の出入りのタイミングを、こちらが管理できているかどうかです。
まず、守りの基本
時間差をしのぐ正攻法は、地味ですが確かです。回収サイトを少しでも短くできないか得意先と話す。支払サイトに無理がないか見直す。そして、一時的な谷を埋めるために、当座貸越のような短期の枠を温存しておく。こうした基本の積み重ねで、多くの谷は越えられます。資金繰り表で、いつ谷が来るかを先に見えるようにしておくことが、その出発点です。
守るだけでは、未来は開けない
ただ、時間差をしのぐことばかりに気を取られると、守りで手一杯になり、商売を伸ばす動きが止まってしまいます。ここで、発想を一つ反転させてみます。時間差は、しのぐ対象であると同時に、使い方によっては武器にもなる、という視点です。
鍵は、得意先に提示する回収サイトです。たとえば、これまで六十日で請けていた仕事を、「九十日のサイトでかまいません。その代わり、もう少し仕事を回してもらえませんか」と持ちかける。発注する側にとって、支払いを後ろ倒しにできるのは大きな魅力です。多少値が張っても、サイトを延ばしてくれる相手に頼みたくなる。サイトの長さそのものが、受注を取りにいく武器になるわけです。
COLUMNもう少し、深く
その言葉を、彼はずっと、口にするのもはばかられるものだと思っていた。ファクタリング。売掛金を、満額を待たずに現金に換える。そんなものは、首の回らなくなった会社が、最後の最後に手を出す類のものだ——どこかでそう決めつけ、自分には縁のない世界の話だと、目を背けてきた。
彼の会社は、別段、傾いてなどいない。仕事はある。利益も出ている。ただ、いつも現金が薄い。受けた仕事の入金は、早くて六十日先。なのに、材料の仕入れや外注への支払いは、容赦なく先にやってくる。帳簿の上では黒字なのに、月末になると、通帳の残高に肝を冷やす。利益と現金は、別物なのだ。彼は毎月、その時間差の谷を、薄氷を踏むようにして越えていた。
転機は、ある同業の先輩との、酒の席だった。受注がうまく伸びている、というその先輩に、何か秘訣でもあるのかと、何の気なしに尋ねた。返ってきた答えは、意外なものだった。サイトを、延ばしてやるんだよ、と先輩は言った。
最初、彼は意味が飲み込めなかった。サイトを延ばす。回収を、わざと遅くする。それは、ただでさえ薄い自社の現金を、さらに薄くする話ではないか。なぜそれが、受注につながるのか。
先輩は、こう続けた。発注する側にとって、支払いを後ろに倒せるのは、何よりありがたい。だから、こちらから持ちかけるのだ。これまで六十日でやってきた仕事を、九十日のサイトでかまわない、その代わり、もう少し仕事を回してもらえませんか、と。値が多少張っても、支払いを待ってくれる相手のほうへ、仕事は流れていく。サイトの長さそのものが、頭を下げずに受注を取る、武器になるのだ、と。
彼の中で、何かがひっくり返る音がした。時間差は、ただ耐えてしのぐだけのものだと思っていた。守るべき弱点だと。だがそれは、こちらから差し出せば、相手を惹きつける誘い水にもなる。同じ一つのものが、見る角度を変えただけで、弱点から武器に変わる。
もちろん、と彼はすぐに冷静さを取り戻す。サイトを延ばせば、自社の回収は、その分だけ遅くなる。空いたその穴を、どうやって埋めるのか。そこでようやく、彼は合点がいった。あの、忌避していたはずの売掛金の早期現金化が、ここで効くのだ。延ばしたサイトの分は、それで手当てすればいい。そして、その手数料は——サイトを武器にして取れた、新しい仕事の値段に、そっと乗せてしまえばいい。発注側はサイトの長さを優先するのだから、多少の上乗せは、案外、通る。
守りの道具だと信じて遠ざけていたものが、攻めの一手に変わる瞬間だった。後ろ向きな延命策ではなく、受注を取りにいくための、前向きな投資。同じ道具が、使い手の発想ひとつで、まるで違う顔を見せる。
ただ、と彼は自らに釘を刺すのを忘れない。この発想に酔って、勢いで飛びついてはいけない。早期現金化の手数料は、業者によっても、そのときの状況によっても、驚くほど幅がある。仕組みも、決して透明とは言いがたい。あせって最初に見つけた一社に決めれば、まず間違いなく高くつく。だから、必ず複数の相手から見積もりを取り、その中身を、一つひとつ慎重に見比べる。そのコストが、サイトを武器に増やせた利益を食い潰してしまっては、何のための工夫か分からなくなる。攻めの発想と、足元を確かめる慎重さ。その両方が揃って、はじめてこの一手は生きる。
彼はいま、あの酒の席を思い返して、静かに思う。視界をふさいでいたのは、道具そのものではなかった。首の回らない会社が使うもの、という、自分の中の思い込みのほうだったのだ、と。