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調べて、考えて、決める——その逆をやる会社のこと

世の中は会議に満ちています。そして会議とは、物事を「決める」ために開くものです。では、決めるために要ることは何でしょうか。調べること、そして考えること。調べ、考えたことを持ち寄って議論して、はじめてまともな決定が生まれます。その当たり前の順序が壊れたとき、会社に何が起きるか——あるファンドマネージャーが、退任した老経営者の予言とともに見届けた話です。

A COMPANY READING ・ 決めるために、要ること

SUMMARY

役員会に限らず、世の中は会議で満ちています。そのほとんどは、物事を議論して「決める」ために開かれます。けれど、決めるという行為の手前にあるものは、あまり語られません。まともに決めるには、まず調べることがいる。そして考えることがいる。調べて、考えたことを持ち寄り、議論して、はじめて筋の通った決定が生まれます。難しい局面を突破できるのは、この順序を突き詰めた集団だけです。

調べる。考える。決める。——たったこれだけのことが、組織では驚くほど簡単に壊れます。そして壊れたことに、内側にいる人ほど気づけません。

賛成は、考えた証ではない

意思決定の場で本当に怖いのは、反対意見ではありません。調べも考えもせず、その場の思いつきで賛成したり反対したりする声です。データを集め、筋道を立てて説明し、提起して合意を得る——その手順を踏んだ提案を、何も調べていない者が、とっさの一言でひっくり返す。これが続くと、組織には倒錯した力学が生まれます。

思いつきが、熟慮を抑え込む

真面目に調べて考えた提案ほど、慎重で、留保がついて、歯切れが悪く聞こえます。一方、何も考えていない思いつきは、勢いがよく、言い切りで、その場では強い。だから考えていない者の声が、考えた者の声を抑え込むという逆転が起きる。こうなった集団に、外から手を差し伸べたり、仕事を持ってきたりする人は、現れません。誰が見ても、関わると損をするからです。

「決めつける・主張する・はねつける」は、「調べる・考える・決める」のちょうど裏返しです。前者に熱心な集団は、決めているように見えて、何も決めていない。ただ、声の大きい思いつきに従っているだけです。
この記事は、特定の人物や組織を断じるものではありません。意思決定の崩れは、悪意ある一人のせいというより、手順を守る面倒を全員が少しずつ省いたときに起きます。調べて考える、というありふれた手間を、組織がどれだけ大切にできているか——それを省みるための読み物です。

COLUMN

あれは、ほんのささいな一言からでした。青年が、いつものように何かに駄々をこね始めたとき、隣にいた老経営者が、ふいに笑うのをやめたのです。普段は、何を言ってもニヤニヤと受け流し、奇矯な冗談ばかり口にしているあの人が、めったに見せない真剣な横顔で、低くつぶやきました。「これは、大変なことになる。嵐が起ころうとしている。それが我々の船を襲わないことだけを、祈っておこう」。私はそのとき、まだその言葉の重さを、半分も量れていませんでした。

青年の振る舞いには、奇妙なねじれがありました。取締役会の席では、にこやかに賛成する。ところが会が終わって日常に戻ると、その同じ案件に、ことあるごとに反対しだす。決まったはずのことが、決まっていないことになる。皆が集まって正式に決めた場よりも、廊下やチャットでの彼の思いつきのほうが、なぜか重くなっていく。会議とは、決めるための場所のはずでした。その「決める」が、彼のところでだけ、いつも宙に浮くのです。

はじめのうち、私はそれを、彼の優柔不断のせいだと思っていました。けれど、違ったのです。データを集め、筋道を立て、関係先に当たり、いくつもの夜を費やして練り上げた提案を、彼はろくに読みもせず、思いついたひと言でひっくり返す。「なんかピンとこない」「もっといい手があるはずだ」。その「いい手」の中身を尋ねても、答えはない。調べて、考えて、決める——その順序が、彼の前ではいつも逆さまでした。決めつけて、主張して、はねつける。それだけが、勢いよく回っていく。

恐ろしいのは、それが伝染することでした。真面目に調べた提案は、慎重で、留保がついて、歯切れが悪い。一方、何も調べていない思いつきは、言い切りで、威勢がよく、その場では強い。だんだんと、ちゃんと考えてくる者の声が小さくなり、とっさに口を開く者の声が大きくなっていく。考えていない者が、考えた者を抑え込む。そういう、さかさまの集団が、目の前で出来上がっていきました。そんな会社に、外から手を貸そうという者も、仕事を持ってこようという者も、現れるはずがありません。関われば損をすることが、誰の目にも見えていたからです。

青年たちが思いつきで空けた穴を、老経営者と私は、来る日も来る日もふさいで回りました。約束を反故にされた取引先に頭を下げ、宙に浮いた案件を引き取り、こぼれた仕事を拾い集める。皮肉なことに、何をしでかしても誰かが後始末をしてくれるという事実は、青年に妙な全能感を与えました。自分は何をやっても許される、と。やがて彼は、その後始末をしてくれる二人に向かって、こともあろうに嫌がらせを始めたのです。優越感というのは、こんなにも醜く転ぶものかと、私は思いました。

もっとこたえたのは、ファンドの上層部のほうでした。青年と近い距離にいた人たちが、「僕に任せてもらえれば大丈夫ですよ」という彼の口ぶりを、少しずつ信じ始めたのです。根拠は、ありませんでした。あるのは、言い切る勢いと、自信ありげな笑顔だけ。けれど、調べて考える面倒を省きたい人間にとって、その「大丈夫ですよ」は、何より心地よく響くのです。上司が信じられなくなっていく——あのときの、足元が抜けていくような感覚を、私はうまく言い表せません。希望の在りかが、わからなくなりました。

ひとつ、あとになって知ったことがあります。そもそも青年は、「自分なら、あの老経営者の路線を保ったまま、さらに会社を伸ばしてみせる」と謳って、老経営者を追い出すことに成功したのでした。けれど老経営者は、青年の立ち居振る舞いを日ごろから見て、そんなことは万にひとつも起こり得ないと、とうに見切っていたのです。彼が抵抗らしい抵抗をしなかったのは、負けたからではありません。見切ったうえで、無駄に消耗しない道を選んだのです。あの軽薄な仮面の下には、人を振る舞いから見抜く、おそろしく静かな目がありました。

結末を見通した老経営者は、争うかわりに、穏当な幕引きの支度を、少しずつ始めました。犠牲になる人をできるだけ減らし、会社という器だけはなんとか残るように。荒々しい救出ではなく、沈む船から人を一人ずつ降ろしていくような、目立たない段取りでした。それが、見切った者にできる最善の手だったのだと、いまならわかります。調べて、考えて、決める。その三つさえ生きていれば、この道の先が滅びだということは、誰の目にも明らかだったはずなのに。

老経営者が去ったあと、会社は、坂を転がるように傾いていきました。決めつけて、主張して、はねつけることにかけては、誰もが達者でした。会議は相変わらず開かれ、声の大きい思いつきに、皆が黙ってうなずいていました。調べる者から、考える者から、順にいなくなっていく。最後に残ったのは、勢いのいい言葉と、宙に浮いたままの決定と、誰も座っていない船長の椅子だけでした。嵐は、よその船ではなく、まっすぐ自分たちの船を襲ったのです。そして、いちばん大きな声で「大丈夫だ」と言っていた者が、いちばん早く、甲板からいなくなっていました。

あなたの会議は、調べて考えたことを持ち寄る場になっていますか。

それとも、声の大きい思いつきに、皆が黙ってうなずく場になっていないでしょうか。決めつけ、主張し、はねつけることに熱心な部屋からは、調べて考える者から順に、いなくなっていきます。残った景色を見て、それに気づくときには、たいてい手遅れになっています。

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