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「私たちには、私たちの良さがある」は本当か

ほとんどの会社が、口をそろえて言います。「うちにはうちの良さがある」「ならではの持ち味がある」「強みなら負けない」。けれど、その良さは本当に存在するのでしょうか。仮に存在するとして、外の世界で、本当に通用するのでしょうか。吉野家の定食がご飯のおかわり自由で千円を切る時代に、一軒の飲食店がどう戦うか——その具体から、自社の良さという思い込みを、点検してみる読み物です。

A COMPANY READING ・ その良さは、確かめたものか

SUMMARY

「私たちには、私たちの良さがある」。これは、ほとんどの会社が信じている言葉です。商品でも、サービスでも、対応でも、何か一つは他にない持ち味があるはずだ、と。けれど、その良さが本当にあるのか、あるとして外の世界で通用する水準なのかを、正面から確かめている会社は、案外多くありません。「良さがあるはずだ」という願いを、「良さがある」という事実と取り違えている——そういうことが、起こります。

たとえば、一軒の定食屋を思い浮かべてください。すぐ近くの吉野家では、定食がご飯のおかわり自由で、千円を切る値段で出てくる。同じ土俵で、その店は何を売るのでしょうか。

「うちの良さ」を、具体で詰める

その千円に、おかわり自由で並べるのか、並べないのか。並べないなら、なぜその店をわざわざ選ぶのか、という理由を客に差し出せるのか。差し出せたとして、その値付けと客数で、暮らしが成り立つだけの利益が残るのか。「うちにはうちの良さがある」が本物かどうかは、この三つの問いに具体で答えられるかで決まります。答えに詰まるなら、その良さは、まだ願いの段階にあるのかもしれません。

活路は、簡単な時代ではなくなった

戦い方がないわけではありません。立地で見出すか、味で見出すか、居心地で見出すか——道はあります。けれど、そのどれを選んでも、千円を切るチェーンの水準を上回る何かを、実際に提供できる技量が要る。そして、それができる人が、実際にどれほどの割合でいるでしょうか。「良さがある」と信じることと、その良さで千円のチェーンに勝つことの間には、思っているより深い谷があります。立地で、味で、居心地で活路を見出すのは、もう簡単な時代ではなくなりました。

「うちの良さ」は、たいてい内側からしか測られていません。外の世界の、千円を切る水準に並べてもなお選ばれる理由——それを具体で言えて初めて、その良さは事実になる。言えないうちは、それは願いです。
この記事は、小さな会社や個人店に「強みなどない」と言うものではありません。本物の持ち味で戦っている店は、確かにあります。ここで問うているのは、その良さを外の物差しで一度確かめたか、という一点だけです。確かめた上での「ある」は、強い。

COLUMN

私は、うちの会社が好きだ。家族的な、小さな建築会社で、社長も職人も、みんな顔の見える距離で働いている。大手のハウスメーカーにはない温もりが、うちにはある。そう思って、私はこの会社の営業を、もう何年もやってきた。

もちろん、勝てるばかりではない。競合は、二線級とはいえ大手のハウスメーカーだ。十回競れば、八回は持っていかれる。だが、残りの二回は、ちゃんとうちがもらう。それでいいのだ、と思ってきた。負けた八回だって、値段で押し切られただけで、中身で負けたわけじゃない。そう、自分に言い聞かせてきた。

その残りの二回も、よく考えれば、施主の親戚が社長と同級生だったとか、もともとの地縁で決まったような仕事ばかりだ。けれど、それを言ってしまったら、自分が惨めになる気がして、私はそのことは、あまり考えないようにしていた。

客先での私の口癖は、いつも決まっていた。「他の大手メーカーさんと比べられても、劣るところはないはずですよ」。そう言うとき、私は本心でそう信じていた。だが、たまに肝の据わった施主から、「で、具体的に、どこがどう違うの?」と返されると、私は途端に口ごもった。言葉が、出てこないのだ。品質とか、素材の良さとかなんとか、思いついた単語を並べて、その場をやりすごした。

私は、うちの会社の売上高を、実は知らない。自分がどれだけの売上を上げているのかも、正確には知らない。ただ、自分の作った見積書の金額は覚えている。何百万、ときには何千万という数字が並ぶ。その桁を見るたびに、私は、自分は会社にずいぶん貢献しているのだ、と確信していた。

結婚が決まった。これを機に、昇給をお願いしようと思った。私は、あれだけの見積を書いてきたのだ。胸を張っていいはずだ。社長室のドアを叩いて、私は言った。「悪くない数字を上げているはずです。それに見合った待遇を、お願いできませんか」。

社長は、しばらく黙っていた。それから、手元の資料を、こちらに向けて置いた。そこには、私が書いた見積の金額ではなく、そのうち、実際に成約に至った分だけの、本当の数字が並んでいた。見積書の桁と、その数字は、まるで違った。成約に至った総額で言えば、それは、私の給料と、ほとんど同じだったのだ。

トントン、という言葉が、頭の中をぶんぶんと回った。私が会社に残していたものと、会社が私に払っていたものが、ちょうど釣り合っていた。貢献しているつもりで、私は、自分の食いぶちを、やっととんとんにしていただけだったのかもしれない。そう思いかけて、私はあわててその考えに、ふたをした。

社長は、私を責めはしなかった。ただ、数字を見たまま、ふっ、と長い息をついた。その息には、あの十回に八回負ける戦いを、何年も続けてきた者の、疑いようのない疲れがにじんでいた。その息を聞いたとたん、私は、自分という人間に、いま、はじめて値札をつけられたような気がした。

部屋を出て、廊下を歩きながら、私は、さっきの「劣るところはないはずです」という、自分の口癖を思い返していた。はず、というのは、どういう意味だったのだろう。確かめたことが、一度でも、あっただろうか。見積書の桁の大きさを、そのまま自分の値打ちだと、思い込んではいなかったか。答えは、うまく出てこなかった。ただ、さっきまで胸の中にあったたしかなものが、すっかり冷えているのだけは、わかった。

もし「うちの強み」が、実は存在しなかったり、外で通用しなかったとき、あなたの会社はどう戦いますか。

相手が想像より強かったとき、戦いは、その瞬間から不利になります。だとすれば、想定を上回る事態が起きないように、想定そのものを、誰よりもシビアに突き詰めておく——それこそが、本当の備えなのかもしれません。「うちにはうちの良さがある」。その言葉を、願いとしてではなく、外の物差しで確かめた事実として言えるかどうか。問われているのは、いつも、そこです。

提供:¥Today

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