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秋田銀行——重要文化財を本店に持つ「あきぎん」は、何に貸すか

預貸率65.9%、自己資本比率11.79%、不良債権比率2.71%。秋田県最初の銀行・第四十八国立銀行を源流とする「あきぎん」。旧本店が国の重要文化財という由緒ある秋田のトップバンクの数字を読む。

ニホン銀行紀行 ・ 秋田県

秋田県は、日本海に面した米どころだ。あきたこまちで知られる稲作、杉の産地としての林業、そして男鹿のなまはげや角館の武家屋敷といった独特の文化。人口減少率が全国で最も高い県の一つでもある。その秋田の金融の中心を、長く担ってきたのが秋田銀行——通称「あきぎん」である。秋田市に本店を置く。

この銀行には、由緒の深さを物語る一つの建物がある。旧本店の建物が、国の重要文化財に指定されているのだ。明治の銀行建築が、いまも秋田市に残されている。その歴史を背負った銀行の数字を、土地から読みにいく。

数字を並べてみる

まず、絶対値から。秋田銀行の預金は3兆1,337億円、貸出金は2兆641億円。預貸率は65.9%で、預金の3分の2ほどを貸出に回している。自己資本比率は11.79%と厚く、不良債権比率は2.71%。店舗数は98、中小企業等への貸出先は約7万7千件。秋田県と県内多数の自治体の指定金融機関を務める、県のトップバンクである。日本格付研究所からは上位の格付けを得ており、財務の健全性が評価されている。

秋田県最初の銀行を源流に

秋田銀行の歴史は、明治の国立銀行にさかのぼる。源流となる第四十八国立銀行は、1879年(明治12年)に開業した秋田県で最初の銀行だった。明治の日本が近代的な銀行制度を整えていくなか、秋田の地にもいち早く銀行が生まれたのである。

その後、1941年(昭和16年)、戦時統合の流れのなかで、秋田県内の普通銀行四行のうち三行——秋田・第四十八・湯沢——が合併し、現在の秋田銀行が誕生した。一県一行主義のもとで県内の銀行を集約し、秋田を代表する地方銀行となった。創業100周年を記念して、旧秋田銀行の本店の建物が秋田市に寄贈され、国の重要文化財に指定されている。明治以来の歴史が、建物として、いまも街に刻まれている。

人口減の米どころに、堅実に貸す

秋田銀行の預貸率65.9%は、地方銀行のなかではやや控えめな水準だ。よく貸す地銀ほど高くはない。この数字の背景には、秋田県という土地の事情がある。秋田は人口減少が全国でも特に早く進む県で、県全体の資金需要が大きく伸びる土地ではない。

その代わり、秋田銀行は自己資本比率11.79%という厚い資本を備えている。これは地方銀行のなかでも高い水準だ。無理に貸し込んで規模を追うより、財務の健全性を保ちながら、米どころの事業者に堅実に貸す——預貸率65.9%と自己資本11.79%という数字の組み合わせは、そうした地に足のついた経営を映している。預貸率という数字をどう読むかについては、預貸率の読み方もあわせてどうぞ。低めの預貸率は、必ずしも消極性ではなく、堅実さの表れと読むこともできる。

秋田の経済とともに

秋田銀行の数字は、人口減の進む米どころ・秋田を、厚い資本で堅実に支える姿を映している。秋田県最初の銀行を源流に持ち、重要文化財の本店建築に歴史を刻みながら、県の金融の中心を担い続けている。規模を追うより健全性を保つ——その姿勢が、数字に表れている。

銀行の数字は、その土地の経済を映す鏡だ。秋田銀行を見れば、米と杉の県・秋田の姿が浮かぶ。預貸率という数字の読み方については、預貸率の読み方もあわせてどうぞ。秋田県の他の金融機関と並べて眺めたい方は、秋田県の地域金融機関のページへ。

預貸率とは 預貸率(よたいりつ)とは、金融機関の貸出金残高を預金残高で割った比率。預かった資金のうち、どれだけを貸出に回しているかを示す。預貸率が低い金融機関は、相対的に融資先を求めている可能性をうかがう一つの目安になる。ただし、有価証券運用を主体とする金融機関は、預貸率が低くても融資に積極的とは限らない。 → くわしくは「預貸率の読み方

執筆・監修:燧徹史(¥Today 編集責任者)

出典:預金・貸出金・預貸率・自己資本比率・不良債権比率・中小企業等向け貸出先件数・店舗数=金融庁「中小・地域金融機関情報一覧」令和7年3月末。
沿革(第四十八国立銀行・1879年開業・秋田県最初の銀行・1941年三行合併・旧本店の重要文化財指定)=秋田銀行公開情報、各種公開情報。
秋田県の産業(稲作・林業・人口減少)に関する記述=各種公開情報。

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