大分銀行——赤レンガ館を遺した県の盟主は、何に貸すか
預貸率65.1%、自己資本比率9.21%、連結純利益75億円。明治の赤レンガ建築を本店跡に遺す、大分県下最大の地方銀行「だいぎん」。やや控えめな預貸率が映す、県経済の体温を読む。
大分市の中心部に、赤レンガ造りの瀟洒な洋館が建っている。大分銀行赤レンガ館。1913年(大正2年)に旧二十三銀行の本店として竣工した建物で、いまは観光や文化の拠点として親しまれている。この建物を遺した銀行が、大分県下最大の地方銀行・大分銀行——通称「だいぎん」である。
赤レンガ館は、この銀行の長い歴史の象徴だ。別府・湯布院といった日本有数の温泉地を擁し、近年は半導体や自動車の関連産業も集まる大分県。その県経済の背骨を、大分銀行は長く支えてきた。
数字を並べてみる
まず、絶対値から。大分銀行の預金は3兆5,032億円、貸出金は2兆2,823億円。預貸率は65.1%で、預金の3分の2ほどを貸出に回している。地方銀行のなかでは、やや控えめな水準だ。自己資本比率は9.21%、不良債権比率は1.69%。店舗数は93、中小企業等への貸出先は約11万件にのぼる。
2025年3月期の連結当期純利益は75億5千万円で、前年から15.6%増えている。貸出金は前年から5.4%増えており、収益は着実に伸びている。県下最大の地域金融機関として、安定した経営を続けている。
やや控えめな預貸率を、どう読むか
大分銀行の預貸率65.1%は、四国の伊予銀行(90.2%)や岡山の中国銀行(79.7%)といった、よく貸す地銀と比べると控えめだ。同じ県下最大のトップバンクでも、貸出への振り方には差がある。この違いは、土地の経済の事情を映している。
大分県は、別府・湯布院に代表される観光業、臨海部の鉄鋼・化学などの素材産業、そして近年伸びる半導体・自動車関連と、多様な産業を抱える。ただ、人口は減少傾向にあり、県全体の資金需要が爆発的に伸びる土地ではない。無理に貸し込まず、堅実な範囲で貸す——預貸率65.1%という数字は、そうした地に足のついた経営の表れと読める。
低すぎず、高すぎない。預金の3分の2を貸し、残りは安全に運用する。派手さはないが、人口減少という地方共通の現実のなかで、無理をせず収益を伸ばしていく堅実さが、この数字には表れている。控えめな預貸率を「貸し渋り」と単純に読むのは早計だ。預貸率という数字の読み方については、預貸率の読み方もあわせてどうぞ。
歴史をさかのぼる
大分銀行の歴史は、1893年(明治26年)の設立にさかのぼる。資本金わずか6万円での出発だった。1927年(昭和2年)には二十三銀行を合併して大分合同銀行となり、戦後の1953年(昭和28年)に現在の大分銀行へと商号を変えた。赤レンガ館は、合併で一つになった旧二十三銀行が遺した建物であり、大分の近代史を伝える生き証人でもある。
一世紀を超えて、大分銀行は別府の温泉、臨海部の工場、そして地域の中小事業者へと貸し続けてきた。県下最大の金融機関として、大分の経済とともに歩んできた歴史がある。
堅実に、県を支える
大分銀行の数字は、派手さよりも堅実さを物語っている。やや控えめな預貸率、低く抑えられた焦げ付き、着実に伸びる利益。温泉と素材産業、そして新しい産業が混じり合う大分県を、無理のない範囲で支え続ける——それが、この銀行の選んだ生き方だ。
銀行の数字は、その土地の経済を映す鏡だ。大分銀行を見れば、温泉とものづくりが共存する大分の姿が浮かぶ。大分県の他の金融機関と並べて眺めたい方は、大分県の地域金融機関のページへどうぞ。
執筆・監修:燧徹史(¥Today 編集責任者)
出典:預金・貸出金・預貸率・自己資本比率・不良債権比率・中小企業等向け貸出先件数・店舗数=金融庁「中小・地域金融機関情報一覧」令和7年3月末。
当期純利益=大分銀行2025年3月期決算短信(連結)、各種公開情報。
沿革(1893年設立・二十三銀行合併・大分合同銀行・赤レンガ館)=大分銀行公開情報、各種公開情報。
大分県の産業(温泉・素材産業・半導体)に関する記述=各種公開情報。