大阪シティ信用金庫——市が生んだ信金は、商都の中小に何を貸すか
預貸率54.9%、預金2.6兆円、中小先4.4万。大阪市に本店を置く大阪シティ信用金庫「シティ信金」。昭和金融恐慌の折に大阪市が市民と中小零細のため生んだ信金が、商都の事業者に貸す姿を読みます。
大阪府大阪市中央区に本店を置く大阪シティ信用金庫は、地元で「シティ信金」と呼ばれる信用金庫です。預金2兆5,720億円、貸出金1兆4,125億円、店舗85。預金量で全国の信用金庫でもトップ10クラスに入る規模を持ち、大阪府内に本店を置く信金としては大阪信用金庫に次ぐ大手です。中小企業等向けの貸出先は4万4千件を超えます。
本拠地の大阪市は、商いの街・商都として知られます。町工場、卸・小売、飲食、サービスまで、無数の中小・零細事業者がひしめく土地であり、メガバンクから信金・信組までがしのぎを削る、日本でも有数の金融激戦区です。この層の厚い商都という土地柄と、市が生んだという成り立ちが、大阪シティ信用金庫の数字を読む鍵になります。
シティ信金の成り立ちは、ほかの信金とは少し違います。前身は、昭和金融恐慌のさなかの1927年、恐慌に苦しむ市民と中小零細企業のために大阪市が主導して設立した大阪市昭和信用組合でした。本店は当初、大阪市庁舎内に置かれたといいます。1951年に信用金庫法のもとで大阪市信用金庫として独り立ちし、2013年に大阪市信金・大阪東信金・大福信金の3信金が合併して、現在の大阪シティ信用金庫が発足しました。市が生んだ信金という出自が、いまも「中小企業の繁栄、地域の発展」という基本方針に受け継がれています。数字の面で目を引くのは、預貸率54.9%という水準です。
まず、数字を並べる
大阪シティ信用金庫の預金は2兆5,720億円、貸出金は1兆4,125億円、預貸率54.9%。自己資本比率は11.14%、不良債権比率は6.25%。中小企業等向けの貸出先は4万4,057件にのぼります。
| 預金 | 2兆5,720億円 |
|---|---|
| 貸出金 | 1兆4,125億円 |
| 預貸率 | 54.9% |
| 自己資本比率 | 11.14% |
| 不良債権比率 | 6.25% |
| 中小企業等向け貸出先 | 44,057件 |
| 店舗 | 85店 |
預貸率54.9%・中小先4.4万。商都の中小零細に貸す信金の数字。
54.9%と6.25%を、商都の零細から読む
預貸率54.9%という、預金の半分強を貸出に回す水準と、不良債権比率6.25%というやや高めの数字。この組み合わせは、商都・大阪の中小零細に貸し続けてきた信金の姿を示しています。
シティ信金が貸す相手は、大阪市とその周辺の中小・零細事業者です。町工場、卸・小売、飲食、サービス業といった、商都を支える小さな事業者が、その融資先の中心です。中小企業等向けの貸出先が4万4千件を超えるという数字は、いかに多くの小さな事業者に資金を行き渡らせているかを物語ります。前身が市民と中小零細のために生まれた信金であることを思えば、この貸出先の裾野の広さは、出自そのものの表れとも読めます。
注目したいのは、不良債権比率6.25%というやや高めの数字です。これは、体力の限られた中小零細に数多く貸せば、どうしても焦げ付きのリスクは高まりやすいことの裏返しと読めます。大阪の零細事業者は浮き沈みも激しく、その層に深く貸し込むほど、不良債権は積み上がりやすい。それでも市が生んだ信金として、小さな借り手から退かずに向き合ってきたことの表れとも読めます。一方で、預貸率が54.9%にとどまり預金の半分弱が運用に向かうのは、信金が会員(地区内の中小事業者・住民)にしか原則貸せず、大企業に貸せないという制度の枠も関係しています。自己資本比率11.14%という厚みは、やや高めの焦げ付きを抱えながらも、大手信金として守りを保ってきたことを示します。もちろん、これらの比率には経営方針や景気も絡むため断定はできませんが、商都の零細に貸す信金という姿と、市が生んだ出自を抜きに、この数字は読めません。
なぜ、こうなったのか——制度と地域
大阪シティ信用金庫が地元の中小に貸す信金であることの背景には、信用金庫という制度があります。信用金庫が融資できる相手は原則として「会員」に限られ、その資格は信用金庫法10条1項により、信用金庫の「地区」の中に住所や事業所がある人、その地区で働く人、と定められています。事業者には規模の制限もあり、大企業は会員になれません。
この制度のもとでは、貸す相手はおのずと地元の中小事業者や住民に絞られます。シティ信金にとって、その「地区」は商都・大阪です。もともと市民と中小零細のために市が生んだ信金であり、制度の趣旨と出自がぴたりと重なっている。大企業はメガバンクや地銀が引き受け、その下の無数の零細を信金が支える——大阪という激戦区のなかで、シティ信金は「市が生んだ」という原点のとおり、もっとも小さな借り手に向き合う役割を担い続けています。3つの信金が合併して規模を確保したのも、その役割を大阪全域で果たし続けるための選択だったと読めます。
同じ大阪で、地銀と並べてみる
大阪には、信金だけでなく地方銀行もひしめいています。本紀行には、大阪の地銀である池田泉州銀行(預貸率82.5%)も登場しています。地銀である池田泉州銀行と、信金であるシティ信金(預貸率54.9%)とを並べると、同じ商都の事業者を相手にしながら、会員制度の枠なく広く貸せる地銀と、地区内の中小に貸す相手が絞られる信金とで、預貸率の水準がどう違うかが見えてきます。激戦区・大阪で異なる立場の金融機関がどう棲み分けるのか、池田泉州銀行の記事もあわせてどうぞ。
借り手にとっての意味
市が生んだ信金は、大阪の小さな事業者にとって、もっとも身近な相談相手のひとつです。とりわけシティ信金は、零細への貸出の裾野が広く、町工場や個人事業者にも向き合ってきた厚みがあります。預貸率の水準は貸出への姿勢の表れとも読めますが、それが個別の融資の可否を保証するものではありません。預貸率という数字の読み方は、預貸率の読み方であらためて整理しています。
数字は、商都の出自を映す
預貸率54.9%という水準と、4万を超える貸出先という数字は、昭和金融恐慌の折に市民と中小零細のために生まれ、商都・大阪の小さな事業者に貸し続けてきた信金の姿を映しています。観光地に根ざす信金もあれば、大阪シティ信用金庫のように商都の零細に深く貸す信金もある。数字は、その金融機関がどんな出自で、どこに貸してきたかを語ります。大阪シティ信用金庫の数字は、市が生んだ「シティ信金」の、いまの記録です。
本紀行には、同じ大阪府の北おおさか信用金庫も登場しています。北おおさか信金は、茨木・吹田・高槻など大阪府北部・北摂の都市圏を地盤とする大型信金でした。商都の中心部に根ざすこの大阪シティ信用金庫(預貸率54.9%・預金2.6兆円)と、大阪北部の都市圏に根ざす北おおさか信用金庫(預貸率52.3%・預金1.5兆円)とを並べると、同じ大阪府でも、都心部とその北側の都市圏とで、それぞれ大型信金が中小を支えていることが見えてきます。大阪を分け合うもう一つの巨大信金の姿は、北おおさか信用金庫の記事もあわせてどうぞ。
各地の金融機関には、それぞれの土地と成り立ちの事情が刻まれた、それぞれの生き方があります。大阪府の他の金融機関とあわせて眺めたい方は、大阪府の地域金融機関のページもどうぞ。
出典:預金・貸出金・預貸率・自己資本比率・不良債権比率・中小企業等向け貸出先件数=金融庁「中小・地域金融機関情報一覧」令和7年3月末(預貸率は貸出金÷預金で算出)。
大阪シティ信用金庫の沿革(前身は1927年に大阪市が主導して設立した大阪市昭和信用組合、1951年に大阪市信用金庫として独立、2013年に大阪市信金・大阪東信金・大福信金の3信金が合併して発足)、預金量が全国の信用金庫でトップ10クラスであること、大阪府内本店の信金で大阪信用金庫に次ぐ規模であること、基本方針に関する記述=大阪シティ信用金庫および各種公開情報にもとづく。
大阪市の経済(商都・中小零細事業者の集積、金融機関の競争)に関する記述=各種公開情報。
池田泉州銀行の位置づけ=各種公開情報および本紀行既出記事。
信用金庫の地区・会員資格に関する記述=金融庁 金融審議会「協同組織金融機関のあり方に関するワーキング・グループ」資料『協同組織金融機関の「地区」のあり方』(2008年6月20日・神吉正三)。