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最北の優等生が支援を受ける日——稚内信金200億円と、地域金融の債券含み損

自己資本比率60%超、国内トップ級に健全とされてきた稚内信用金庫が、信金中央金庫から200億円規模の資本支援を受ける方向となった。追い込まれての支援ではない。だが、最も守りの堅い金庫でこの規模の含み損が出たという事実は、地域金融の運用そのものに一つの問いを突きつけている。体力の範囲で、満期まで持てる運用ができているのか——という問いだ。

ニホン銀行紀行 特集 ・ 稚内信用金庫(北海道稚内市)と信金中央金庫 ・ 2026年7月28日

2026年7月28日、信金中央金庫が、稚内信用金庫(北海道稚内市)に対して200億円規模の資本支援を実施する方向で最終調整に入ったことが報じられた。理由は、金利の上昇によって保有する債券の市場価値が下がり、含み損が膨らんだためである。

この一報を、稚内信用金庫という金庫の性格を知らずに読むと、危ない信金が救済されるのだと受け取ってしまうかもしれない。だが、実態はほとんど逆だ。稚内信用金庫は、自己資本比率が60%を超え、積立金は500億円超。信用金庫のみならず、国内の金融機関のなかでもトップ級の健全性を長年保ってきた金庫である。本紀行でも以前、日本最北の信金は、なぜ預金の8割を貸さないのかという一編で、その「貸さずに守る」経営を取り上げた。

その最も守りの堅い金庫が、200億円という規模の支援を受ける。ここには、個別の金庫の経営の巧拙には還元できない、地域金融機関に共通の構造がある。本稿では、この支援を糸口に、金利上昇が全国の信用金庫・地方銀行にもたらしている債券含み損の問題を読む。そして、人口が減り、地元で貸し切れない資金を運用に回してきた地域金融機関が、自らの体力の範囲で運用できているのかという、この時代に固有の問いに触れる。以下、事実にもとづく整理に加え、正式発表前の現時点での筆者の見立てを含む。推論部分はその旨を述べる。

なぜ「最も健全な信金」で200億円なのか

まず、稚内信用金庫の姿を数字で確認しておく。2025年3月期で、預金4,644億円に対し貸出金は802億円。預貸率は17.3%にとどまる。預金として集めた資金の8割超を、地元への貸出ではなく、債券などの運用に回している金庫である。

なぜそうなるのか。稚内を含む宗谷地方は、水産・酪農・観光を基幹産業とする、人口減少の続く最果ての地だ。信用金庫が融資できる相手は原則として地区内の「会員」に限られるため、地元の借り手が細れば、貸せる総量はおのずと頭打ちになる。地元の預金は集まるが、地元では貸し切れない。この非対称が、低い預貸率と、6割を超える異例に厚い自己資本という形で表れていた。

稚内信用金庫(2025年3月期)
預金4,644億円
貸出金802億円
預貸率17.3%
自己資本比率61.86%
積立金500億円超

自己資本比率は信用金庫でも突出して高く、国内金融機関のなかでも長年トップ級。数値は金融庁「中小・地域金融機関情報一覧」令和7年3月末および同金庫の公表資料。

ここに、逆説の鍵がある。貸さずに運用に回してきたからこそ、金利上昇の影響を運用の側で大きく受けた。貸出が少ない金庫は、その分だけ有価証券の保有が大きい。稚内信用金庫の場合、預金4,644億円のうち貸出は802億円で、残りの多くが運用に向かっている。この巨大な運用ポートフォリオが金利上昇にさらされれば、含み損の絶対額も大きくなる。

ここからは筆者の見立てになるが、200億円という支援規模は、稚内信用金庫が破綻に瀕したことを意味しない。むしろ、運用に回した資金の規模が大きいがゆえに、含み損の額も相応に大きくなった、と読むのが自然だ。自己資本60%超という厚みは、その含み損を最終的に受け止める余力そのものでもある。危ういから支援を受けるのではなく、運用規模が大きいから支援の額も大きい——この違いは、次章で見る栃木信金との対比で、いっそう鮮明になる。

2025年、栃木信金50億円——追い込まれた支援との違い

信金中央金庫による含み損対応の資本支援は、今回が初めてではない。ちょうど1年前、2025年7月に先行事例があった。栃木信用金庫(栃木県栃木市)への50億円の資本支援である。

栃木信金のケースは、稚内とは性格が異なる。2025年3月期決算で、栃木信金が保有する国債の含み損は約50億円、有価証券全体では約68億円に達していた。これに対し、同信金の自己資本は約52億円。含み損が自己資本を上回ったのである。この状態は、信用金庫法にもとづき金融庁が経営改善を命じる「早期是正措置」の基準に抵触し、業務停止命令が出されうる水準だった。栃木信金はみずから信金中金に支援を要請し、業務停止の回避に向けて50億円規模の出資を受けることになった。

このとき信金中金は、有価証券の含み損にも資本注入で対応できるよう支援ルールを改定しており、栃木信金がその初の適用例となった。稚内信用金庫への今回の支援は、この改定されたルールの延長線上にある、2例目の大型ケースと位置づけられる。

2つの資本支援の対比
栃木信用金庫(2025年7月)稚内信用金庫(2026年7月)
支援規模約50億円約200億円
支援前の自己資本約52億円自己資本比率60%超・積立金500億円超
含み損と自己資本の関係含み損が自己資本を上回った自己資本に十分な厚みがある
早期是正措置基準に抵触・回避が目的抵触の報道はない
性格追い込まれての支援運用規模の大きさに対応

栃木信金の数値は各報道(2025年7〜8月)。稚内信金は正式発表前で、支援の詳細・スキームは今後の公表を待つ。両者の性格の対比は筆者の整理。

栃木信金は、含み損が自己資本を食い破り、規制の一線に触れた末の支援だった。稚内信金は、自己資本に十分な余力を持ちながら、運用規模が大きいために含み損の絶対額も大きくなったケースと見られる。同じ「信金中金による含み損対応の資本支援」でも、追い込まれた末のものか、規模ゆえのものか、その意味はかなり違う。

ただし、両者には共通の警鐘がある。金利のある世界が戻ってきたことで、低金利時代に買った債券の含み損が、経営の目に見える課題として表面化し始めた、という点だ。この二例は、その最初の表面化にすぎない可能性がある。

満期まで持てるか——含み損を左右する会計の区分

ここで、含み損というものの性質を丁寧に押さえておきたい。問われているのは、体力的に満期まで持てる範囲で運用できているか、という一点である。この「満期まで持てるか」という点が、含み損の意味を決定的に左右する。

金利が上がると、すでに保有している低い利回りの債券は、市場での価値が下がる。ここで生じる評価上の損失が「含み損」だ。だが、含み損は必ずしも実際の損失になるとは限らない。債券を満期まで持ち続ければ、額面どおりに償還され、含み損は実現しない。問題は、満期まで持ち切れるかどうかである。

この「持ち切れるか」は、会計上の債券の区分と深く関わる。銀行や信用金庫が持つ債券は、大きく二つに分けられる。

債券の会計区分と含み損の扱い
区分含み損の扱い
満期保有目的満期まで持つ前提。含み損は原則、貸借対照表に反映されず注記にとどまる
その他有価証券(売却可能)時価評価され、評価差額が税引後で純資産に直入される。含み損はそのまま自己資本を目減りさせる

満期保有目的に分類した債券の含み損は表に出にくいが、途中で資金が必要になって売れば、その時点で損失が実現する。区分の分け方と実際の資金繰りが噛み合っているかが要点。

満期保有目的に分類しておけば、含み損は帳簿の表には出てこない。だが、これは「満期まで確実に持ち続けられる」ことが前提だ。もし途中で預金の払い戻しや貸出の増加で資金が必要になり、債券を売らざるをえなくなれば、その瞬間に含み損は現実の損失に変わる。満期保有という区分は、満期まで持ち切れる体力があって初めて意味を持つ

ここに、地域金融機関に固有の難しさがある。人口減少地域では、預金は集まっても貸出が伸びない。余った資金を運用に回すとき、少しでも高い利回りを求めれば、より長い満期の債券に手を伸ばすことになる。長い債券は、金利が上がったときの価格の下落幅も大きい。利回りを求めて満期を延ばすほど、金利上昇時の含み損は膨らみやすくなる。この構造が、運用に依存せざるをえない地域金融機関の足元を、じわりと揺らしている。

全国2.5兆円——地域金融に広がる含み損

稚内も栃木も、決して例外ではない。金利上昇による債券含み損は、全国の地域金融機関に広く及んでいる。

日本経済新聞の集計によれば、全国の信用金庫が保有する有価証券の含み損は、2025年3月期決算で2.5兆円弱に達した。前の期から3倍超に膨らんだ数字である。信金中金の集計では、全国254の信用金庫が保有する日本国債の残高は2025年2月末で約8兆7,000億円にのぼり、1年で1割、5年で4割増えていた。融資に回さない余裕資金のかなりの部分が、国債をはじめとする運用に向かってきたことがうかがえる。そして2024年4〜9月期の決算では、全体の8割を超える信金が有価証券全体で含み損を計上していた。

地方銀行も同様である。上場地銀の国内債の含み損は、2025年半ばの時点で前年から倍増し、3兆円規模に達したと報じられている。利上げで利ざやが改善し、多くの地銀が増益を確保する一方で、保有債券の含み損処理が利益を圧迫し、一部では本業が赤字に転じる銀行も出ていた。

地域金融機関の債券含み損(各報道ベース)
区分含み損の規模時点
全国の信用金庫2.5兆円弱2025年3月期
上場地方銀行3兆円規模2025年半ば

いずれも各報道による集計値で、集計対象・時点により幅がある。金融庁は信用金庫・信用組合の財務、とりわけ有価証券運用の含み損について、集中的な点検と対話に乗り出す方針を示している。

金融庁も、この問題を注視している。2026年に入り、同庁は信用金庫・信用組合と中長期的な事業のあり方について対話を強化し、金利上昇で膨らんだ有価証券運用の含み損についても対応を点検する方針を明らかにしている。人口減少を背景に、小規模な地域金融機関を取り巻く環境が厳しさを増しているという認識が、その根にある。

稚内信用金庫への200億円は、こうした全国的な広がりのなかの、一つの大きな表面化である。最も健全とされる金庫でこの規模が出たという事実は、他の多くの金庫や地銀が、程度の差こそあれ同じ課題を抱えていることを示唆している。

運用難の時代に、体力の範囲で運用できているか

ここまでの事実を踏まえて、この問題の核心に触れたい。ここからは筆者の見立てを多く含む。

人口が減り、産業が細っていく地域では、地域金融機関は地元で資金を貸し切ることができない。集まった預金は、運用に回すほかない。そして運用で少しでも収益を上げようとすれば、より高い利回りを求めて、より長い満期の、より価格変動の大きい債券に向かうことになる。低金利が長く続いた時代には、これは合理的な選択だった。むしろ、そうやって運用益を確保することで、地域金融機関は地元での金融サービスを維持し、店舗を保ち、雇用を守り、地域に投資し続けることができた。

稚内信用金庫が米国債の売却益などで増益を重ね、自己資本を厚く積んできたのも、その一環だ。運用は、縮む地域で灯をともし続けるための、正当な生存戦略だった。だからこそ、この問題を「運用に手を出したのが悪い」と断じるのは、地域金融の現実を見ていない。

問われているのは、運用そのものの是非ではない。その運用が、自らの体力で満期まで持ち切れる範囲に収まっているかという一点だ。満期まで持てるなら、含み損は帳簿の上を通り過ぎていく。持ち切れずに途中で売れば、それは現実の損失になる。区分の名前ではなく、資金繰りの実態が、運用の安全を決める。

金利のある世界が戻ってきたいま、地域金融機関は、自らの運用ポートフォリオを、この物差しで測り直す局面に入っている。どれだけの含み損を抱えているか。そのうち満期まで持ち切れるのはどれだけか。預金の流出や貸出の増加で、途中売却を迫られる可能性はどれほどあるか。人口減少と運用難のなかで再建に資金を投じてきた地域金融機関ほど、この点検は避けて通れない。稚内と栃木の二例は、その点検を全国の地域金融機関に促す、早い時期の警鐘だと読める。

そして、この構造を理解しておくことは、地域の事業者にとっても意味がある。取引先の金融機関が含み損を抱えていること自体は、ただちに取引に影響するものではない。満期保有の債券なら、持ち切れば損失にはならないし、信金業界には信金中金による資本支援という相互扶助の仕組みが備わっている。実際、栃木も稚内も、この仕組みが機能した事例である。過度に不安がる必要はない。ただ、金利のある世界では、金融機関の財務の見え方が以前とは変わってきている——その事実は、頭の片隅に置いておいてよい。

数字が語っていること

最も健全とされてきた稚内信用金庫が、200億円の資本支援を受ける。追い込まれたわけではない。だが、貸さずに運用に回してきた最北の優等生でさえ、金利上昇の前では含み損と無縁ではいられなかった。前年の栃木信金は、含み損が自己資本を超え、規制の一線に触れた末の50億円だった。性格は違えど、二つの支援はいずれも、低金利時代に積み上げた債券が、金利のある世界でどう重みを変えるかを示している。

全国の信金の含み損2.5兆円弱、地銀の3兆円規模。金融庁の点検。これらは、地域金融が共通して負っている宿題の大きさを物語る。人口が減り、地元で貸せない資金を運用に託してきた地域金融機関にとって、いま必要なのは、その運用が体力の範囲に収まっているかを、あらためて確かめることだ。満期まで持てる運用であるかどうか——最北の信金への200億円は、その問いを、控えめに、しかし明確に突きつけている。

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栃木信用金庫
2025年7月、含み損が自己資本を上回り、信金中金から利上げ局面で初の資本支援を受けた金庫。

信金中央金庫と資本支援の仕組み 信金中央金庫(信金中金)は、全国の信用金庫を会員とする中央金融機関。信用金庫から預けられた資金を運用するほか、信金業界のセーフティネットとして、自己資本比率が低下した信用金庫に対し優先出資の引き受けなどで資本を供給する役割を担う。相互扶助を基本理念とする信用金庫制度の要にあたる存在で、今回の稚内信金への支援も、この業界内の仕組みにもとづくものと見られる。

執筆・監修:燧徹史(¥Today 編集責任者)

出典:稚内信用金庫への資本支援(200億円規模・金利上昇に伴う債券含み損への対応・最終調整段階)=日本経済新聞・北海道新聞・共同通信等の2026年7月28日の各報道。
稚内信用金庫の計数(預金・貸出金・預貸率・自己資本比率・積立金・運用益)=金融庁「中小・地域金融機関情報一覧」令和7年3月末、同金庫ディスクロージャー誌および各種公開情報。
栃木信用金庫への資本支援(50億円規模・国債含み損約50億円・有価証券含み損約68億円・自己資本約52億円・早期是正措置基準への抵触・支援ルール改定と初適用)=日本経済新聞・ニッキンONLINE等の2025年7〜8月の各報道。
全国の信用金庫の含み損2.5兆円弱・国債残高約8.7兆円・8割超の信金が含み損計上、地方銀行の含み損3兆円規模、金融庁の点検・対話強化方針=日本経済新聞・Bloomberg等の各報道(2025〜2026年)。
債券の会計区分(満期保有目的・その他有価証券)と含み損の扱いに関する説明=一般的な会計基準にもとづく記述。
信金中央金庫の役割・資本支援の仕組み(優先出資の引き受け・信金業界のセーフティネット)=信金中央金庫および全国信用金庫協会の公開資料。
※本記事のうち、支援規模の性格に関する解釈、満期保有と体力の関係、運用難と含み損に関する見立ては、いずれも公開情報にもとづく筆者の推論である。稚内信用金庫への支援の詳細およびスキームは正式発表前であり、両者の公表を参照されたい。

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