¥Today ニホン銀行紀行

稚内信用金庫——日本最北の信金は、なぜ預金の8割を貸さないのか

日本最北端の信用金庫は、預金の8割を貸さず、自己資本を6割超まで積み上げている。その異様な数字は、人口が減り続ける最果ての地で選びとった「守り」の戦略の表れだった。

ニホン銀行紀行 ・ 北海道

日本でいちばん北にある信用金庫は、稚内信用金庫という。本店は北海道稚内市。宗谷海峡の向こうにサハリンを望む、日本の最北端の街だ。この信用金庫の決算書を開くと、最果ての地らしい、ちょっと変わった数字に出会う。

稚内を含む宗谷地方は、水産・酪農・観光を基幹産業とする土地だ。ホタテやサケ、毛ガニの漁業と、生乳や肉牛を生む酪農が地域の経済を支え、利尻・礼文への玄関口として観光も大きい。いずれも自然と相場に左右されやすい一次産業である。この土地柄が、稚内信用金庫の数字を読む鍵になる。

預貸率17.3%。預金として集めたお金のうち、貸出に回しているのは2割に届かない。信用金庫は本来、地元の人や事業者からお金を預かり、地元に貸して回す組織だ。その本業の数字が17.3%というのは、控えめに言っても低い。では、残りの8割はどこへ行っているのか。そして、なぜそうしているのか。

まず、数字を並べる

絶対値から見ていく。稚内信用金庫の預金は4,644億円、貸出金は802億円。預貸率は17.3%。そして目を引くのが自己資本比率で、61.86%。信用金庫の自己資本比率はおおむね10〜20%台だから、6割超という厚みは際立っている。同じ北海道の信用金庫、たとえば北海道信用金庫の自己資本比率が18.3%であることと比べても、稚内の数字がいかに突出しているかがわかる。

稚内信用金庫(2025年3月期)
預金4,644億円
貸出金802億円
預貸率17.3%
自己資本比率61.86%
不良債権比率4.86%
当期純利益7億96百万円(前期比+31.3%)
店舗24店・宗谷地方中心

預金の8割超を貸出に回さず、自己資本は6割超。最果ての地の、守りの設計が見える。

不良債権の数字を、規模で読む

ここで一つ、丁寧に読みたい数字がある。不良債権比率4.86%。これだけ見れば「やや高い」と感じる人もいるだろう。だが、貸出金が802億円と小規模であることを思い出してほしい。貸出の総額が小さいと、少数の大口の焦げ付きが比率を大きく動かしやすい。比率の数字だけを取り出して「危ない」と早合点するのは、規模の前提を忘れた読み方になる。

むしろ注目すべきは、その焦げ付きを受け止める力のほうだ。自己資本比率61.86%という厚みは、不良債権が多少膨らんでも十分に吸収できる余力を意味する。貸出を抑え、自己資本を極端に厚く保つ——この組み合わせからは、リスクを取りに行くより、まず足元を固く守るという経営の姿勢が読み取れる。最果ての地で長く生き残るための、守りの設計といってよい。

最北の一次産業地帯という、もうひとつの背景

不良債権比率4.86%を、もう一歩踏み込んで読んでみたい。この数字の背景には、規模の小ささだけでなく、稚内信用金庫が貸している相手の業種も関わっていると考えられる。

稚内信用金庫の営業地区である宗谷地方は、稚内市が「水産」「酪農」「観光」を基幹産業と掲げるように、第一次産業を主軸とする地域だ。宗谷総合振興局の管内を見ても、稚内市以外の市町村は酪農と漁業が主産業で、利尻・礼文は漁業、豊富・幌延・中頓別は酪農、猿払・浜頓別・枝幸は半農半漁といった具合だ。ホタテやサケ、毛ガニなどの漁業と、生乳・乳牛・肉牛を生産する酪農が、この地の経済を支えている。稚内信用金庫が貸す相手の多くも、こうした一次産業の事業者や、それを支える地元の事業者だと見られる。

ここに、近年の事情が重なる。酪農も漁業も、燃料や飼料、資材の価格に経営が大きく左右される業種だ。近年の原油高と飼料高騰は、こうした一次産業の経営を持続的に圧迫しており、その影響が、地元に貸す信金の不良債権比率にも及んでいると思われる。実際、同金庫の決算資料も、資材や原油価格の高騰が地域の事業に及ぼした影響にたびたび触れてきた。さらに、水産業をめぐっては、中国による日本産水産物の輸入規制という逆風もあった(同金庫のディスクロージャー誌もこの規制に言及している)。一次産業に支えられた地域では、こうした外部要因のひとつひとつが、そのまま融資先の経営の揺れとなりやすい。

もちろん、不良債権比率には、個別の大口先の事情や引当の方針などさまざまな要素が絡むので、「一次産業の不調が原因だ」と断定することはできない。だが、最北の酪農・漁業地帯を営業地区とし、その事業者に貸してきた信金である以上、飼料・燃料高といった一次産業の逆風が、不良債権比率の高さに影響していると思われる。そして、そのような地域だからこそ、稚内信用金庫は自己資本を厚く積み、守りを固めてきたのだと読める。一次産業は天候や相場、国際情勢に左右されやすく、その振れ幅を受け止めるには、厚い資本がいる。

残りの8割は、どこへ

では、貸出に回さない8割のお金はどう使われているのか。稚内信用金庫自身の決算報告がヒントをくれる。2025年3月期の当期純利益は7億96百万円で、前期比31.3%の増益。その理由として同金庫は、有価証券の利回り上昇や米国債の売却益などが寄与したと説明している。つまり、地元で貸し切れない資金を、債券などの運用に回して利益を生んでいる構図だ。

これは、貸さずに運用益で稼ぐという点では、四国の高知信用金庫とよく似ている。ただ、色合いは少し違う。高知信用金庫が自己資本56%・運用益119億円という規模で「運用で攻める」型だとすれば、稚内は自己資本を6割超まで積み、利益は堅実に8億円弱という「守りを固める」型に見える。同じ低預貸率でも、にじむ性格は同じではない。

なぜ、こうなったのか——制度と最北の地理

稚内信用金庫がこの道を選んだ背景には、信用金庫という制度と、最北という地理が重なっている。

信用金庫が融資できる相手は、原則として「会員」に限られる。その会員になれる資格は信用金庫法10条1項で定められていて、信用金庫の「地区」の中に住所や事業所がある人、その地区で働く人、と画されている。ここで誤解しやすいのだが、これは「営業エリアの外に出てはいけない」という規制ではない。金融庁の金融審議会ワーキング・グループの資料でも整理されているとおり、「地区」とは会員になれる資格を画する地理的範囲であって、地区外との取引が一切禁じられているわけではない。ただ、会員資格が地区内の中小事業者や住民に絞られる結果として、融資先は実質的に地元に限られていく

その地元が、人口減少と高齢化に直面している。稚内信用金庫の主たる営業地区は、稚内市を含む宗谷地方と、天塩町・遠別町・雄武町。同金庫自身、当地区は急速な人口減少と高齢化に直面していると認めている。会員になれる地元の借り手が細っていけば、いくら貸す姿勢があっても、貸せる総量はおのずと頭打ちになる。それでも同金庫の主営業地区での預金占有率は8割を超える。地元のお金は集まる、しかし地元では貸し切れない。この非対称が、低い預貸率と厚い自己資本という形になって表れていると読める。

興味深いのは、稚内信用金庫が手をこまねいているわけではないことだ。本拠の宗谷地方だけでなく、旭川や札幌にも活動を広げ、稚内市周辺の人口が減るなかでも預金量を保ってきた。体は最北に置いたまま、営業の手とお金の運用先を少しずつ外へ伸ばす——そうやって、縮む地元と折り合いをつけている。

借り手にとっての意味

ここで気をつけたいのは、預貸率が低いからといって「借りやすい」とは限らない、ということだ。稚内信用金庫のように、運用と守りで経営が成り立っている金融機関は、無理に貸出を増やす動機が薄い。貸すとしても、堅実な先を選ぶ余裕がある。「お金が余っていそうだから貸してくれるだろう」という素朴な期待は、必ずしも通用しない。預貸率という数字の読み方は、預貸率の読み方であらためて整理しているので、あわせてどうぞ。

最北の地の、もうひとつの生き方

人口が減り、貸せる相手が細っていく。これは稚内だけの話ではなく、日本中の地域金融機関がこれから向き合う現実だ。そのなかで、貸出を抑え、自己資本を極端に厚く積んで守りを固めるという稚内信用金庫の選択は、賑やかさはないが、最果ての地で長く灯をともし続けるための、ひとつの堅実な解答に見える。

正しいか正しくないかではなく、「なるほど、こういう生き方もあるのか」と読む。各地の金融機関には、それぞれの土地の事情が刻まれた、それぞれの生き方がある。同じく最北や一次産業の地で守りを選んだ信金として、震災を経た三陸の宮古信用金庫とあわせて読むと、土地ごとの守りの違いが見えてくる。また、同じ北海道の日本海側の港町に根ざす信金としては、ニシンと数の子で知られる留萌の留萌信用金庫がある。最北の地で守りに徹するこの信金と、旭川・札幌の都市部にも貸し先を広げる留萌信用金庫とを並べると、同じ日本海側でも営業エリアの取り方で数字が違うとわかる。北海道の他の金融機関とあわせて眺めたい方は、北海道の地域金融機関のページもどうぞ。

出典:預金・貸出金・預貸率・自己資本比率・不良債権比率=金融庁「中小・地域金融機関情報一覧」令和7年3月末。
当期純利益・増益率・利益の源泉(有価証券利回り上昇・米国債売却益)・利益剰余金・市場占有率・営業地区=稚内信用金庫ディスクロージャー誌「REPORT2025」(2024年度)。
信用金庫の地区・会員資格に関する記述=金融庁 金融審議会「協同組織金融機関のあり方に関するワーキング・グループ」資料『協同組織金融機関の「地区」のあり方』(2008年6月20日・神吉正三)。
宗谷地方の基幹産業(水産・酪農・観光)に関する記述=稚内市公式サイト・稚内市基本計画(経済産業省)・宗谷総合振興局等の公開情報。

← ニホン銀行紀行へ | ¥Today トップへ