中国銀行——大原孫三郎が頭取を務めた地銀は、岡山で何に貸すか
預貸率79.7%、自己資本比率11.51%、グループ連結純利益274億円。倉敷紡績を率いた実業家・大原孫三郎を初代頭取に1930年創立した、岡山県のトップバンク。瀬戸内の産業を支える「ちゅうぎん」を読む。
岡山県のトップバンク、中国銀行。愛称は「ちゅうぎん」。「中国」と名がつくが、もちろん中華人民共和国とは関係がない。中国地方を地盤とすることに由来する、れっきとした日本の地方銀行だ。岡山市に本店を置き、岡山県を中心に広島県東部や香川県へも商圏を広げてきた、東瀬戸内を代表する銀行である。
この銀行の歴史をたどると、一人の名高い実業家に行き当たる。大原孫三郎。倉敷紡績を率い、大原美術館や倉敷中央病院を遺した、岡山が生んだ偉大な事業家だ。その大原孫三郎が、中国銀行の初代頭取を務めている。
数字を並べてみる
まず、絶対値から。中国銀行の預金は8兆2,822億円、貸出金は6兆6,019億円。預貸率は79.7%で、預金の8割近くを貸出に回す、しっかり貸す地銀だ。自己資本比率は11.51%、不良債権比率は1.67%。店舗数は169と多く、中小企業等への貸出先は約16万9千件にのぼる。地方銀行のなかでも上位の規模を誇る。
持株会社ちゅうぎんフィナンシャルグループの2025年3月期の連結当期純利益は274億円で、前年から28.2%増えている。中国銀行単体でも252億円の利益を上げており、堅実かつ力強い収益力を持つ。
大原孫三郎という出発点
中国銀行は、1930年(昭和5年)、第一合同銀行と山陽銀行が合併して創立された。岡山県や広島県備後地方、香川県にあった数多くの中小銀行が、合併と買収を繰り返して大きくなった銀行であり、その源流の一つは1878年設立の第八十六国立銀行にさかのぼる。
創立時の初代頭取が、大原孫三郎だった。倉敷紡績を一大企業に育て上げ、文化・医療・社会事業に私財を投じたこの実業家が、地域金融の中心となる銀行の舵取りを担ったことは、岡山の経済史にとって象徴的だ。産業を興し、文化を遺し、そして金融を束ねる——大原孫三郎の事業家としての幅広さが、中国銀行の出発点に刻まれている。
岡山は、瀬戸内の温暖な気候に恵まれ、繊維(学生服やジーンズ)、化学、鉄鋼など多様な産業が根を張る土地だ。倉敷の水島地区には大規模な工業地帯が広がる。こうした厚みのある産業基盤が、中国銀行のよく貸す姿勢を支えている。借り手となる事業者が豊富にいるからこそ、預金の8割近くを貸出に回せる。
東瀬戸内の盟主として
中国銀行は、岡山県内にとどまらず、広島県の備後地方や香川県へも店舗網を広げ、東瀬戸内経済圏を一つの商圏として捉えてきた。県境にこだわらず、瀬戸内という経済のまとまりのなかで貸し先を見いだす——この広域性が、規模と収益力を支えている。
近年は持株会社ちゅうぎんフィナンシャルグループのもとで、投資専門子会社を設けるなど、銀行の枠を超えた地域支援にも踏み出している。厚い産業基盤の上に立つ堅実な地銀という像が、数字からも歴史からも浮かび上がる。
銀行の数字は、その土地の経済と歴史を映す鏡だ。中国銀行を見れば、産業と文化を育んだ岡山の厚みが浮かぶ。預貸率という数字の読み方については、預貸率の読み方もあわせてどうぞ。岡山県の他の金融機関と並べて眺めたい方は、岡山県の地域金融機関のページへ。
執筆・監修:燧徹史(¥Today 編集責任者)
出典:預金・貸出金・預貸率・自己資本比率・不良債権比率・中小企業等向け貸出先件数・店舗数=金融庁「中小・地域金融機関情報一覧」令和7年3月末。
当期純利益=ちゅうぎんフィナンシャルグループ2025年3月期決算短信(連結)、各種公開情報。
沿革(第一合同銀行・山陽銀行・1930年創立・初代頭取大原孫三郎・第八十六国立銀行)=中国銀行公開情報、各種公開情報。
岡山県の産業(繊維・化学・水島工業地帯)に関する記述=各種公開情報。