経営は、抽象的なものではない——「経営三権」という実像
経営は、弁護士や画家と同じように、目に見えないものを扱う仕事です。けれど、それを語る資格も、定まった定義もない。だから、もっともらしい語り口が実態を覆い隠し、空論が世にあふれます。では経営に、つかめる輪郭はないのか。あります。法律と、一つの裁判沙汰めいた実話が、その具体像を端的に示しています。
誰も、定義を示さない
経営とは何か。あらためて問われると、すらすら答えられる人は少ないはずです。それもそのはずで、経営は、弁護士の仕事や画家の仕事と同じように、手で触れられない抽象を扱う営みでありながら、それを名乗るための国家資格もなければ、これが経営だと誰もが頷く定義もありません。
資格と定義の不在は、思いのほか重い帰結を生みます。たとえば裁判のことを、法曹資格のない人間が一席ぶっても、誰も本気では取り合いません。資格という関門が、語る者をふるいにかけているからです。ところが経営には、その関門がない。だから誰もが気楽に持論を述べられ、その結果として、取り合う意味のない空論が、世の中にあふれかえることになります。
厄介なのは、その空論が、しばしばもっともらしい装いをまとうことです。ある人は、自分にだけ特別な才覚があると思い込み、自分の会社だけは普通の物差しが当てはまらないと信じ込む。ある会社は、壮大なビジョンを掲げることそのものが経営だと取り違える。語り口が華やかであるほど、聞き手は実態を見失い、本質から遠ざかっていきます。多くの人が、こうして経営の輪郭を見誤ったまま、舵を切っているのです。
具体像は、法律が示している
意外に思われるかもしれませんが、経営の具体的な輪郭を、もっとも端的に語っているのは、経営論の名著ではなく、法律と判例です。抽象を扱う仕事だからこそ、その権能のかたちは、法の言葉で確かに定められている。その代表が、「経営三権」と呼ばれるものです。
経営三権とは、会社が、組織を動かすために当然に持っている三つの権能を指します。労働者に保障された労働三権(団結権・団体交渉権・争議権)と対をなすものとして、戦後の労働環境のなかで意識されてきた考え方です。中身は、次の三つです。
業務命令権——従業員に対し、業務に関する指示・命令を出せる権利。
人事権——従業員の配置、異動、処遇を決定できる権利。
施設管理権——会社の建物や設備の使い方を決め、その秩序を守れる権利。
これらは、会社が一方的に決められる「専決事項」とされます。つまり、誰かの同意を取りつけてはじめて行使できる、という性質のものではない。経営とは何かと問われたとき、この三つの権能を握り、行使しているのが会社という主体だ、と言えば、抽象は一気に具体へと姿を変えます。経営の輪郭は、たしかにここにあります。
三権は、相手を選ばない
経営三権は、労働組合との関係で語られることが多いため、労使の問題だと受け取られがちです。けれど、ここを取り違えてはいけません。これらは会社という主体に本来そなわった権能であって、それを脅かす相手が誰であるかで、本質が変わるわけではないのです。
人事権の侵害は、侵害してくるのが労働組合であろうと、大株主であろうと、監督官庁であろうと、天下りの重役であろうと、等しく人事権の侵害です。相手が変われば話が別になる、というものではない。むしろ、労使以外の方向から三権が脅かされたとき、経営は静かに、しかし確実に、機能不全へと傾いていきます。
このことを、身をもって示した経営者がいます。元全日本空輸社長の、普勝清治という人物です。
普勝清治が、社長の椅子と引き換えに守ったもの
全日本空輸は、長く国の強い監督のもとにある会社でした。運輸官僚のトップを務めた人物が招かれて社長・会長・名誉会長を歴任し、「全日空の天皇」とも呼ばれる——そうした、官の出身者が経営の上層に深く根を張る構図が、この会社にはありました。
普勝清治は、その会社の生え抜きとして、一九九三年に社長に就きます。そして一九九七年、当時の名誉会長らと、役員人事をめぐって正面から対立しました。報じられたところによれば、上層から押しつけられようとする役員人事に、生え抜きの社長として反旗を翻したのです。人事権を全うできないのであれば、社長の椅子に意味はない——彼はそう判断し、社長の座を退きました。当時の新聞は、彼が闘った相手を、つまるところ戦後の体制そのものだった、と評しています。実際、これ以降、官僚出身者がこの航空会社のトップに就くことはなくなりました。
この一件が突きつけるのは、こういうことです。人事権という経営三権の一つは、労働組合からではなく、会社の上層、その背後の体制という方向から脅かされた。そして、それを守れないなら経営者ではいられないと、一人の社長が椅子と引き換えに示した。三権は相手を選ばない、という先ほどの話が、ここに生きた形で表れています。経営三権は、株主総会の容喙からも、監督官庁の容喙からも守り抜かれない限り、たやすく会社のガバナンスを蝕むのです。
あなたは、三権を全うできているか
そこで、自分の足元に目を戻してみてください。あなたの会社で、あなたは業務命令権を、人事権を、施設管理権を、本当に握れているでしょうか。
声の大きな古参に、人事を実質的に握られてはいないか。出資者や取引先の意向に、業務上の判断をなし崩しに譲ってはいないか。三権のどれかが、いつのまにか自分の手を離れていないか。経営者という肩書きを持っていることと、三権を実際に行使できていることは、まったく別の話です。
そして、最後にこれだけは言えます。三権を十分に行使できて、経営ははじめて成立します。逆に言えば、どれだけ有能な人物であっても、どれだけ立派なビジョンを掲げていても、この三権が手元で機能していない限り、その経営はいつか必ず行き詰まり、破綻します。普勝清治が椅子と引き換えにしてでも守ろうとしたのは、まさにそれが経営の成立条件そのものだったからにほかなりません。
経営は、抽象的なものではありません。語り口の華やかさに惑わされず、自分がいま、何を握れていて、何を握れていないのか。そこから始めてみてください。
執筆・監修:燧徹史(¥Today 編集責任者)
出典:経営三権(業務命令権・人事権・施設管理権)の定義は、労働法務の一般的解説による。普勝清治の社長辞任の経緯は、日本経済新聞(1997年5月10日付ほか、および2014年の追悼記事・追想録)、ならびに全日本空輸・普勝清治・若狭得治に関する公開された経歴情報による。事実関係の細部や評価は各報道・資料により異なる場合があります。
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