¥Today 経営の手引き

「楽」と「合理性」の違い——あなたは、損得で判断できているか

事業が軌道に乗り、カネが回り、人を使えるようになる。それ自体は喜ばしいことです。けれど、ちょうどその頃から、多くの経営者が、ある勘違いを始めます。自分が動かずに済ませることを、合理的な判断だと思い込むのです。それは本当に合理性なのか。それとも、ただ「しんどいから動かない」を、もっともらしい言葉で塗り固めているだけなのか。

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人を使えるようになった頃に、忍び込むもの

創業してまもない頃は、誰もが必死です。営業も、資金繰りの交渉も、頭を下げて回るのも、全部自分でやる。やらなければ、明日のカネがない。だから動く。このときの経営者は、否応なく、得をする一直線をひた走っています。

ところが、事業が回り出し、ある程度カネが自由になり、人を雇えるようになると、風向きが変わります。これまで自分がやってきたことを、少しずつ人に渡せるようになる。渡せること自体は、悪いことではありません。問題は、何を渡し、何は渡してはいけないのか、その線引きが、いつのまにか狂っていくことです。

気がつくと、本来は自分が出ていくべき場面まで、人に投げるようになっている。たとえば、出資者を前にしたプレゼンテーション。たとえば、いちばん大事な取引銀行との、ここぞという駆け引き。会社の浮沈がかかった、まさに勝負どころ。そこへ、自分は出ていかない。

渡してよいものと、決して渡してはいけないものがあります。会社の浮沈がかかった勝負どころは、後者です。そこに自分が出ていかないという選択を、人は「合理的な権限の委譲」と呼びたがる。

「どうして俺がやらなければいけないのか」

そういう経営者は、決まって、こう言います。「どうして俺がやらなければいけないのか」。あるいは、もっともらしく、こうも言う。「時間はカネで買えないからな」と。

後者は、いかにも経営の格言めいて聞こえます。けれど、その言葉を、自分のための逃げ道として使った瞬間に、それは格言ではなく、ただの言い訳に変わります。

考えてみてください。時間はカネで買えない――この言葉が本当に当てはまるのは、じっとしていてもカネが入ってくる、ごく一部の人だけです。動かなくても資産が資産を生む側にいる人間にとってなら、たしかに、時間のほうが希少でしょう。けれど、世の中のほとんどの経営者は、そうではない。動かない限り、カネは入ってこない。少なくとも、経営者が行かないと話にならないことが、たくさんあるのではないですか。その立場の人間にとって、時間とカネは、はっきりとトレードオフの関係にあります。

そもそも、時給いくらで社員を雇い、その人の一時間にいくら払うかを決めているのは、経営者自身です。人の時間に値段をつけて買っている当人が、自分の時間にだけは値段がつかない、カネには換えられない、と言う。理屈が通りません。時間とカネが引き換えになることを、社員を雇っているすべての経営者は、すでに身をもって知っているはずなのです。

「今は困っていない」という、いちばん危ない足場

では、なぜ、知っているはずのことが見えなくなるのか。たいていは、二つの足場のどちらかに乗っているからです。

一つは、「今は、困っていない」。手元のカネは回っているし、当面の支払いに詰まってもいない。だから、わざわざしんどい思いをして自分が動く理由が、今は見当たらない。もう一つは、「もうすぐ、困らなくなるはずだ」。あの案件が決まれば、あの入金があれば、来期になれば――そういう見通しを根拠に、今は動かなくてもいい、と自分に許しを出す。

この二つは、よく似ています。どちらも、「動かない」という選択を、未来の楽観で正当化している点で同じです。そして、たちが悪いことに、どちらも当面は反証されません。今日明日で会社が傾くわけではないから、「やっぱり動かなくて正解だった」と、毎日が追認していくように錯覚できてしまう。

けれど、そこで起きているのは、損得の計算ではありません。計算しているふりをして、その実、いちばん面倒で、いちばん気の重い一手を、勝負どころから外しているだけです。これが、「楽」を「合理性」と取り違える、ということの正体です。

楽な選択と、合理的な選択は、しばしば見分けがつきません。そして、明らかに見分けがつくときでさえ、理屈だけはいくらでも後からつけられます。けれど、確かめる物差しは一つです。その判断は、損か得かで下したのか。それとも、しんどいか楽かで下したのか。

合理性とは、痛いほうを選べることだ

勘違いしないでいただきたいのは、これは「経営者は何でも自分でやれ」という精神論ではない、ということです。人に任せられることを抱え込むのは、むしろ非合理です。任せるべきは、どんどん任せたほうがいい。

合理性の本質は、そこにはありません。合理性とは、損得をきちんと天秤にかけ、たとえ自分にとって面倒で、気が重く、しんどい選択であっても、得だと分かったならそちらを選べる、ということです。逆に言えば、楽だが損になる道を、楽だからという理由だけで選ばない、ということでもある。判断の基準を、自分の快・不快ではなく、会社の損・得に置けるかどうか。それが、合理的な経営者と、そうでない経営者を分けます。

会社の浮沈がかかった銀行との交渉に、相手はあなたという経営者そのものを見にきています。そこへ代理を立てれば、相手に伝わるのは「この件は、社長にとってその程度のことなのか」という感触です。出資者へのプレゼンも同じで、事業に賭ける本人の言葉と、預かっただけの人間の言葉は、重みがまるで違う。これらは、面倒だが、出ていったほうが圧倒的に得な場面です。にもかかわらず動かないなら、それは委譲ではなく、損を承知の取りこぼしにほかなりません。

自分に、問い直してみる

最後に、自分の足元へ目を戻してください。最近、人に渡したいくつかの仕事を、思い浮かべてみる。その一つひとつについて、正直に問うてみてほしいのです。

これは、損得で考えて、任せたほうが得だから任せたのか。それとも、自分がやるのがしんどいから、楽をしたくて手放したのか。前者なら、何も問題はありません。けれど、もし後者の匂いがするなら――しかも、それが会社の勝負どころに関わることなら――立ち止まったほうがいい。

「今は困っていない」も、「もうすぐ困らなくなる」も、動かない理由にはなりません。動かない限りカネが入ってこない立場にいる以上、時間とカネのトレードオフから、あなたは降りられない。そのことを誰よりも知っているのは、人を雇い、人の時間に値段をつけてきた、ほかならぬあなた自身のはずです。

執筆・監修:燧徹史(¥Today 編集責任者)

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