¥Today 経営の手引き

無い袖は振れない、やらない事はやらない——決断するということ

払えないなら、頭を下げて、待ってもらえばいい。それだけのことが、なぜかできない。人は、その場さえしのげば何とかなるという楽観で、借金に手を伸ばし、坂を転げ落ちるように負債を膨らませていく。やめる、損切りする、断る——本来くだすべき大きな決断から、目先のストレスを避けて逃げていく。その分かれ目を綴ります。

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頭を下げる相手を、人は間違える

これは、金融業の話ではありません。銀行や金貸しに借りに行くのではなく、個人的に、知り合いのところへそっとお金を借りに来る――そういう場面の話です。人は、書類を整えてビジネスとして金融機関に借りに行くときと、誰にも知られず親しい相手に頭を下げるときとで、まるで違う顔を見せます。後者でこそ、その人の素の心の動き方が、よく見える。人に頼まれる側に立つと、それが見えてきます。

本来であれば、払えなくなったときに取るべき手は、はっきりしています。相手のところへ行って、頭を下げ、もう少し待ってほしいと頼む。ただそれだけです。ところが、多くの人が、そうしない。その場をしのげば何とかなる、という根拠のない楽観に乗って、借金で乗り切ろうとする。そして、雪だるまのように負債を膨らませ、坂を転げ落ちていきます。

とりわけ会社の経営者には、頭を下げるという行為に耐えられない、ある種の驕りがあります。面白いのは、その驕りが、奇妙な計算を生むことです。彼らの中では、「待ってください」と頭を下げる屈辱より、「返せる見通しがあるので貸してください」と頭を下げるほうが、いくぶん楽なのです。返済の絵を描いて相手を納得させているのだから、これは物乞いではない――そう自分に言い聞かせられる。同じように頭を下げているのに、後者なら、かろうじてプライドが保てる気がする。

けれど、冷静に損得を並べれば、答えは逆です。「待ってくれ」と頭を下げるほうが、傷は浅い。「貸してくれ」と頭を下げた瞬間に、返済という新しい重しが、もう一つ背中に乗るのですから。

やめる決断を、借金で先送りする

こうして、状況が大きく悪化していく入り口は、たいてい同じ形をしています。本来くだすべき大きな決断を、その場しのぎの借金で先送りする、という形です。

くだすべき決断とは、たとえばこういうものです。うまくいかなかった事業を、損切りして身軽になる。景気や自社の状況が変わって、もう続けられなくなった恒例の行事や付き合いを、やめると告げる。このままでは確実に重しになると分かっているものを、思い切ってやめる。どれも、痛みを伴う決断です。

そして、どれも、口に出すのがしんどい。事業の失敗を認めるのはみじめだし、長年続けてきた行事を「うちはもう無理です」と説明するのは、決まりが悪い。その気まずさ、その屈辱を避けたいがために、人は決断を先延ばしにする。そして、先延ばしの費用を、借金で賄ってしまう。やめれば止まったはずの出血を、借りたお金で延命させる。これが、坂道の入り口です。

「無い袖は振れない」という古い言葉があります。振るべき袖が無いなら、無いと認める。それが本来の意味のはずなのに、人は、無い袖を無理に振ろうとして、借金という他人の袖を引っぱってくる。引っぱった袖は、いつか必ず、利息をつけて返さねばなりません。

「やらない」と決められないと、何を呑まされるか

同じ逃げ方は、お金を借りる場面だけでなく、取引の場面でも、そっくり繰り返されます。「やらない事はやらない」と決められない経営者が、何を呑まされていくか。いくつか、典型を挙げます。

一つ。念願だった大手企業との取引が決まったとき。本来なら呑むべきでない不利な条件を、「将来なんとかすればいい」と言い聞かせて、受けてしまう。けれど、相手への依存度が高まれば高まるほど、立場の逆転は難しくなる――こんなことは、誰にでも分かる理屈です。それでも、せっかく決まった話を条件交渉で揉めさせたくない、その摩擦が嫌で、目をつぶる。

二つ。その大手から、ある日「支払いを少し待ってほしい」と言われたとき。たいていの経営者は、泣き寝入りします。けれど、考えてみてください。そもそも相手と取引を始めたのは、大手だから金払いがよく、取りはぐれの不安がない、と踏んだからのはずです。その前提が崩れる事態が起きているのに、前提どおりであるかのように、唯々諾々と従ってしまう。矛盾しています。

三つ。一件数千万円の案件を抱えた、まさにそのとき、一時間六千円にしかならない草刈りのような小さな仕事を、「手間がかかる」と放り出す。大口の前では「できないものはできない」と言えないのに――あなたのような大企業の無理を、なぜうちのような小所帯が背負わねばならないのか、とは口が裂けても言えないのに――率で見れば大手よりよほど確実に儲けさせてくれている小さな仕事には、平然と背を向ける。

大きく、まぶしく、断りにくい相手の前では「やらない」と言えず、小さく、地味で、確実に利益をくれる相手には平気で背を向ける。判断の基準が、損得ではなく、相手の大きさになっている。

逃げているのは、いつも同じものからだ

借金に逃げることと、不利な条件を呑むこと、泣き寝入りすること、小さな確実な仕事を捨てること。一見ばらばらに見えるこれらは、根が一つです。どれも、目の前のストレスから逃げるために、長い目で見れば確実に損になる道を選んでいるのです。

頭を下げる屈辱。条件交渉の摩擦。「待ってくれ」とは何事かと突き返す気まずさ。大口を断る怖さ。逃げているのは、いつも、この手の目先の不快感です。そして、その不快感を避けた代償は、必ず後からやってくる。負債という形で、立場の逆転という形で、取りはぐれという形で。先に払うか、後で利息をつけて払うか、の違いでしかありません。

決断とは、痛みを先に引き受けることだ

だとすれば、決断するということの正体も、はっきりしてきます。決断とは、選択肢の中から賢いものを選ぶ、という上品な話ではありません。痛みを、先に、自分から引き受けるということです。

振れない袖は、振れないと認めて頭を下げる。やめるべきものは、気まずくても、やめると告げる。呑めない条件は、相手がどれだけ大きくても、呑めないと言う。待ってくれと言われたら、こちらにも事情があると返す。確実に儲かる小さな仕事は、地味でも手放さない。どれも、その場では痛い。けれど、その痛みを先に引き受けた人だけが、坂道の手前で踏みとどまれます。

つまらない見栄を、ほんの少し守りたいがために、人は身を削っていきます。守ろうとしたその見栄は、たいてい、後から振り返れば、なんであんなものにこだわったのかと思うような、つまらないものです。無い袖は振れない。やらない事はやらない。この二つを、痛みを呑んで言えるかどうか。それが、決断できる経営者と、できない経営者を分けます。

執筆・監修:燧徹史(¥Today 編集責任者)

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