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北都銀行——「北国の都」を名乗る銀行は、フィデア銀行へと名を消す前に何に貸すか

預貸率70.3%、店舗85。秋田市に本店を置く北都銀行。1895年の増田銀行を源流とし、フィデアグループの一員として歩んできた秋田の地方銀行が、2027年に荘内銀行と合併し「フィデア銀行」となって名を消す。その数字と歴史を読む。

ニホン銀行紀行 ・ 秋田県

秋田県の県都・秋田市の中心部、千秋公園にほど近い場所に、北都銀行の本店はある。秋田県を地盤とする地方銀行で、県内には県トップバンクの秋田銀行があり、北都銀行はそれに次ぐ第二の地銀として、秋田の金融を支えてきた。

秋田県は、米どころとして知られる、東北の日本海側の県だ。豊かな農業と、雄大な自然を抱える一方で、全国でも人口減少と高齢化がとりわけ早く進む土地でもある。その厳しい環境のなかで、地域の金融機関は生き残りの道を模索してきた。北都銀行が早くから県境を越えた再編に踏み出したのも、この土地の事情と無縁ではない。

この銀行には、印象的な行名の由来がある。「北都」とは、「北国の都=秋田」を意味する。金融を通じて、秋田が東北の政治・経済・文化の中心となる「都」として栄えてほしい——そんな思いが込められた名だ。だが、その名は、まもなく消える。2027年、この銀行は合併によって別の名へと変わる。名を消す前のいまの姿を、数字とともに読みにいく。

数字を並べてみる

まず、絶対値から。北都銀行の預金は1兆3,632億円、貸出金は9,579億円。預貸率は70.3%で、預金の7割ほどを貸出に回している。自己資本比率は9.33%、不良債権比率は1.83%。店舗数は85、中小企業等への貸出残高は6,181億円にのぼる。

規模としては、同じ秋田県の県トップ・秋田銀行に次ぐ。預貸率70.3%は、県トップの秋田銀行(65.9%)をやや上回る。規模では及ばずとも、貸出には積極的——県の第二地銀として、地元によく貸そうとする姿勢が数字に表れている。人口減の進む秋田で、貸し先を探しながら、なお預金の7割を貸出に回している。

秋田県内の二つの地方銀行(令和7年3月末)
 北都銀行秋田銀行
種別地方銀行地方銀行
預金13,632億円31,337億円
貸出金9,579億円20,641億円
預貸率70.3%65.9%
自己資本比率9.33%11.79%

県を代表するのは秋田銀行。預金量では2倍以上の差があるが、預貸率では北都銀行のほうがやや高い。規模に頼れない第二地銀が、よく貸すことで存在感を示す構図だ。その北都銀行が、2027年に名を消す。

「増田銀行」から始まった——横手の地で生まれた銀行

北都銀行の創業は、1895年(明治28年)、秋田県南東部・内陸の横手の地で、増田銀行として設立されたことに始まる。県都・秋田市ではなく、県南の町から出発した銀行だった。

その後の歩みは、改称と合併の歴史だ。1922年(大正11年)に羽後銀行へと改称し、周辺の銀行を合併しながら県内に基盤を広げた。本店を県都・秋田市に移したのは、1964年のこと。そして1993年(平成5年)、第二地方銀行だった秋田あけぼの銀行と合併し、北都銀行へと改称した。地銀と第二地銀が一つになって、いまの北都銀行が生まれたのである。

そして2009年、北都銀行は大きな決断をする。山形県を地盤とする荘内銀行と共同で持株会社・フィデアホールディングスを設立し、経営を統合した。これは、東北では例のなかった、県境を越えた地銀同士の統合だった。人口減と地域経済の縮小が続くなかで、一県だけでは生き残りが難しい——その判断が、早くからこの再編を選ばせた。統合後、北都銀行はショッピングモールへの店舗出店や、再生可能エネルギー関連産業の育成、タイへの駐在員事務所の開設など、新しい取り組みにも力を注いできた。

名が消える——「フィデア銀行」への合併

そして、北都銀行の歴史は、一つの区切りを迎えようとしている。2027年1月、北都銀行は、同じフィデアグループの荘内銀行と合併し、「フィデア銀行」となる。持株会社を作って経営を一つにしてから、さらに踏み込んで、二つの銀行そのものを一つに統合する。

注目すべきは、その合併のかたちだ。「北都銀行」「荘内銀行」という二つの名は、どちらも残らない。新しい銀行の名は「フィデア銀行」、本店は山形市に置かれる。秋田と山形、二つの県の名を冠した古い銀行が、ともに名を手放し、グループの名のもとに一つになる。「北国の都」への思いを込めた「北都」の名も、ここで歴史を終える。人口減という厳しい現実のなかで、二つの県の力を一つに束ねて生き残りを図る——その選択が、名を消すという形をとった。前身の増田銀行から数えれば、130年あまりの歴史に、一つの区切りがつくことになる。

70.3%を、名を消す地銀から読む

北都銀行の預貸率70.3%は、地方銀行として標準的な水準だ。人口減の進む秋田で、県トップの秋田銀行を上回るこの数字は、規模で大手に及ばない第二の地銀が、貸すことで存在感を保とうとしてきた姿勢の表れだと読める。同時に、自己資本比率9.33%という数字は、合併を控えた地銀の、堅実だが盤石とまではいかない財務状況をうかがわせる。

そして、この数字は、いま大きな転換点にある。一県だけでは生き残りが難しいと早くから見て、県境を越えた統合に踏み切り、ついには名を手放して別の銀行になる。地方銀行が、人口減という現実のなかで、規模を求めて名すらも譲り渡す——北都銀行の歩みは、地方の金融機関がいま直面している選択を、一つの形で映している。よく貸そうとする70.3%という数字の先に、名を消してでも地域に金融を残そうとする選択があった。預貸率という数字をどう読むかについては、預貸率の読み方もあわせてどうぞ。

秋田の経済とともに

北都銀行の数字は、人口減のとりわけ早く進む秋田という土地と、名を手放してでも生き残りを図る地方銀行の選択の、両方を映している。横手の増田銀行から始まり、羽後銀行を経て、あけぼの銀行と一つになり、県境を越えてフィデアグループを作り、そしていま、荘内銀行と一つになって名を消す。「北国の都」を願った名の歴史は、その最後の区切りを迎えようとしている。

銀行の数字は、その土地の経済と、その銀行が選んだ道を映す鏡だ。北都銀行を見れば、人口減と向き合う秋田と、再編のうねりのなかで名すらも譲り渡す地方銀行の姿が浮かぶ。同じ秋田県の県トップの姿は、秋田銀行の記事もあわせてどうぞ。預貸率という数字の読み方については、預貸率の読み方へ。秋田県の他の金融機関と並べて眺めたい方は、秋田県の地域金融機関のページへ。

預貸率とは 預貸率(よたいりつ)とは、金融機関の貸出金残高を預金残高で割った比率。預かった資金のうち、どれだけを貸出に回しているかを示す。預貸率が低い金融機関は、相対的に融資先を求めている可能性をうかがう一つの目安になる。ただし、有価証券運用を主体とする金融機関は、預貸率が低くても融資に積極的とは限らない。 → くわしくは「預貸率の読み方

執筆・監修:燧徹史(¥Today 編集責任者)

出典:預金・貸出金・預貸率・自己資本比率・不良債権比率・中小企業等向け貸出残高・店舗数=金融庁「中小・地域金融機関情報一覧」令和7年3月末(預貸率は貸出金÷預金で算出)。秋田銀行の数値も同出典。
沿革(1895年の増田銀行設立〔現在の横手市〕、1922年の羽後銀行への改称、1964年の本店の秋田市移転、1993年の秋田あけぼの銀行との合併と北都銀行への改称、2009年の荘内銀行との経営統合とフィデアホールディングスの設立〔東北では例のない県境を越えた地銀統合〕、行名「北都」が「北国の都=秋田」を意味すること)に関する記述=北都銀行および各種公開情報にもとづく。
2027年1月の荘内銀行との合併と「フィデア銀行」への商号変更(両行の名は残さず本店を山形市に置くこと)に関する記述=フィデアホールディングスの開示および各種報道にもとづく。
秋田県の地理・産業(米どころ、人口減少と高齢化)に関する記述=各種公開情報。

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