西日本シティ銀行——無尽から生まれた九州2位の地銀は、なぜ預金をほぼ貸し切るのか
預貸率98.7%、預金9.8兆円、九州2位の規模。福岡市博多区に本店を置く西日本シティ銀行。ともに無尽を源流とする二つの銀行が2004年に合併して生まれた地銀が、預金をほぼ貸し切る積極姿勢の数字と歴史を読む。
福岡市博多区、博多駅のすぐ前に本店を置く西日本シティ銀行は、福岡を地盤とする地方銀行だ。通称「NCB」。福岡県内では、福岡銀行を擁するふくおかフィナンシャルグループに次ぐ規模を持ち、九州全体でも有数の地銀である。預金は9兆8,275億円、貸出金は9兆6,955億円。預貸率は98.7%にのぼり、集めた預金のほぼすべてを貸出に回している。
福岡県は、九州の経済の中心だ。博多・天神を抱える福岡市は、九州一の人口を持つ大都市であり、商業・サービス業が集まる。北九州市には製鉄に始まる重工業の集積がある。人や企業が集まる土地には、貸し先も多い。西日本シティ銀行の高い預貸率は、まずこの福岡という土地の経済力を映している。
だが、この銀行を語るうえで面白いのは、規模や数字よりも、その生い立ちだ。いまでこそ堂々たる地銀だが、その源をたどると、戦時下の地方金融の再編と、「無尽(むじん)」という庶民の金融にゆきつく。
数字を並べてみる
まず、絶対値から。西日本シティ銀行の預金は9兆8,275億円、貸出金は9兆6,955億円。預貸率は98.7%で、預金とほぼ同額を貸し出している。自己資本比率は12.36%と厚く、不良債権比率は1.5%。店舗数は176、中小企業等への貸出残高は6兆5,805億円にのぼる。
| 預金 | 98,275億円 |
|---|---|
| 貸出金 | 96,955億円 |
| 預貸率 | 98.7% |
| 自己資本比率 | 12.36% |
| 不良債権比率 | 1.5% |
| 中小企業等向け貸出残高 | 65,805億円 |
| 店舗 | 176店 |
預金9.8兆円のほぼ全額を貸し出す預貸率98.7%。九州2位の規模で、よく貸す。
「無尽」から始まった——二つの源流
西日本シティ銀行は、2004年(平成16年)10月、二つの銀行が合併して生まれた。西日本銀行と福岡シティ銀行である。この二行は、どちらも「無尽会社」を源流に持つ。
無尽とは、何人かが定期的にお金を出し合って積み立て、くじや入札で順番に給付を受ける、庶民の相互金融のしくみだ。江戸時代から各地にあり、近代に入ると無尽会社として制度化された。銀行が相手にしなかった小さな商人や勤め人にとって、無尽は身近な資金調達の手段だった。西日本シティ銀行の二つの源流は、ともにこの庶民金融から出発している。
一方の西日本銀行は、1944年(昭和19年)12月、戦時体制下で大蔵省が打ち出した「一県一無尽会社」への統合方針にもとづいて、福岡県内の無尽会社5社が統合し、野村銀行(のちの大和銀行)の参画も得て「西日本無尽」として設立された。戦後の1951年に相互銀行法の施行で西日本相互銀行となり、有力な相互銀行として育つ。のちに高千穂相互銀行を合併して普通銀行に転換し、西日本銀行となった。略称は「西銀(にしぎん)」。
もう一方の福岡シティ銀行は、1924年(大正13年)設立の福岡無尽を起こりとする。戦後は福岡相互銀行となり、1989年に普通銀行へ転換して福岡シティ銀行と名を改めた。福岡相互銀行時代に建てられた旧本店ビルは、建築家・磯崎新の設計で知られる。茶褐色のインド砂岩を外壁にまとったこの建物は、合併後も長く西日本シティ銀行の本店として使われ、2020年にその役目を終えた。消えた銀行の建物が、合併後の銀行の顔であり続けたのは、珍しいことだ。
庶民の無尽から出発した二つの銀行が、相互銀行を経て普通銀行となり、2004年に一つになった。「西日本」を名に残しつつ、「シティ」を足したのは、二つの系譜が合わさった証である。
98.7%を、土地と歴史から読む
預貸率98.7%は、地方銀行のなかでも際立って高い。集めた預金のほぼ全額を貸し出しているということだ。よく貸す銀行といえる。
この高さの背景には、二つのことがある。一つは、すでに触れた福岡という土地の経済力だ。九州一の大都市・福岡市と、工業の北九州市を抱える福岡県には、貸し先となる企業と事業者が多い。人口減に苦しむ地方の県とは、貸出を伸ばせる余地が違う。
もう一つは、無尽・相互銀行に由来する、中小企業への密着だ。庶民金融から出発した銀行は、地元の小さな事業者に貸すことを身上としてきた。西日本シティ銀行の中小企業等向け貸出残高は6兆5,805億円。貸出金全体の大半を中小に向けている。大企業相手の薄利の取引より、地元の中小に深く貸す——その姿勢が、高い預貸率を支えている。不良債権比率1.5%、自己資本比率12.36%という数字は、よく貸しながらも健全さを保っていることを示している。
長崎銀行という、もう一つの顔
西日本シティ銀行には、グループ会社として長崎銀行がある。長崎市に本店を置く、店舗数の少ない小さな第二地方銀行だ。もともと福岡シティ銀行が2001年に子会社化した銀行で、合併によって西日本シティ銀行のグループに引き継がれ、2016年に持株会社・西日本フィナンシャルホールディングスが設立されると、その完全子会社となった。福岡の地銀が、県境を越えて長崎の銀行を傘下に持つ。これも、地銀再編の一つの形である。長崎の金融については、長崎銀行の記事もあわせてどうぞ。
庶民金融の系譜が、いま九州を支える
西日本シティ銀行の預貸率98.7%は、九州一の経済力を持つ福岡という土地と、無尽・相互銀行に由来する中小企業密着の伝統の、両方を映している。庶民が小銭を出し合った無尽から始まった二つの銀行が、相互銀行を経て一つになり、いまや九州2位の規模で地元の事業者に深く貸す。数字は、その金融機関がどこから来て、何に貸してきたかを語る。西日本シティ銀行の数字は、庶民金融の系譜をひく地銀の、いまの記録である。
各地の金融機関には、それぞれの成り立ちと土地の事情が刻まれた、それぞれの生き方があります。福岡県の他の金融機関とあわせて眺めたい方は、福岡県の地域金融機関のページもどうぞ。
執筆・監修:燧徹史(¥Today 編集責任者)
出典:預金・貸出金・預貸率・自己資本比率・不良債権比率・中小企業等向け貸出残高・店舗数=金融庁「中小・地域金融機関情報一覧」令和7年3月末(預貸率は貸出金÷預金で算出)。
沿革(西日本銀行=1944年に福岡県内の無尽会社5社の統合と野村銀行の参画により西日本無尽として設立、相互銀行を経て普通銀行化/福岡シティ銀行=1924年福岡無尽を起こりとし福岡相互銀行を経て1989年普通銀行化、旧本店ビルは磯崎新の設計/2004年10月の合併で西日本シティ銀行発足)に関する記述=各種公開情報。
長崎銀行との資本関係(福岡シティ銀行による子会社化、西日本シティ銀行への承継、2016年の西日本フィナンシャルホールディングス設立による完全子会社化)に関する記述=各種公開情報。
福岡県の経済(福岡市・北九州市の産業集積)に関する記述=各種公開情報。