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須賀川信用金庫——ウルトラマンの故郷で、信金は何に貸すか

預貸率46.1%、不良債権比率2.55%。須賀川市に本店を置く須賀川信用金庫「ふれあいバンク」。震災で本店が被災した中通りの信金が、牡丹とウルトラマンの故郷で地元中小に貸す数字を読みます。

ニホン銀行紀行 ・ 福島県

福島県須賀川市に本店を置く須賀川信用金庫は、地元で「すしん」と呼ばれる信用金庫です。キャッチフレーズは、いつもあなたの「ふれあいバンク」。預金2,395億円、貸出金1,104億円、店舗14。須賀川市を中心に、郡山市・岩瀬郡・石川郡を営業区域とし、須賀川市・鏡石町・石川町・玉川村の指定金融機関を受託しています。

本店のある須賀川市は、福島県の中央部、阿武隈川の流れる中通りに位置するまちです。古くから奥州街道の宿場町として栄え、いまも牡丹園の牡丹で知られる、花と歴史のまちです。そして、もうひとつ、このまちには特別な誇りがあります。「ウルトラマン」の生みの親として知られる特撮監督・円谷英二の故郷であり、まちのあちこちにウルトラマンや怪獣の像が立つ「円谷英二ミュージアム」のあるまちでもあります。この、花と特撮のふるさと・中通りという土地柄が、須賀川信用金庫の数字を読む鍵になります。

須賀川信用金庫の歩みは古く、1914年(大正3年)に有限責任須賀川信用組合として設立され、1951年に信用金庫となりました。100年を超える歴史を持つ信金です。その歩みには、苦難の記憶も刻まれています。2011年の東日本大震災では、本店が被災しました。地域とともに、震災を乗り越えてきた信金です。数字の面で目を引くのは、預貸率46.1%という水準と、不良債権比率2.55%という、比較的低めの数字の組み合わせです。

まず、数字を並べる

須賀川信用金庫の預金は2,395億円、貸出金は1,104億円、預貸率46.1%。自己資本比率は12.6%、不良債権比率は2.55%。中小企業等向けの貸出先は6,509件にのぼります。

須賀川信用金庫(令和7年3月末)
預金2,395億円
貸出金1,104億円
預貸率46.1%
自己資本比率12.6%
不良債権比率2.55%
中小企業等向け貸出先6,509件
店舗14店

中庸の預貸率と低めの焦げ付き。中通りの信金の堅実さを数字から読む。

46.1%と2.55%を、中通りの土地から読む

預貸率46.1%という水準と、不良債権比率2.55%という比較的低めの数字。この組み合わせは、中通りに根ざす信金の、堅実な経営を示しています。

須賀川信用金庫が貸す相手は、須賀川・郡山を中心とする地元の中小事業者です。中通りの商業や食品関連、地域の建設業、そして農業が、その融資先に含まれると考えられます。須賀川の隣の郡山市は、福島県内でも有数の商工業都市で、中通りには比較的安定した経済の厚みがあります。本紀行で見てきた、不良債権比率が一割を超える地方の信金もあるなかで、須賀川信用金庫の2.55%は低めの水準です。中通りという、県内では比較的恵まれた経済圏に根ざし、堅実に貸し先を選んできたことが、この低めの焦げ付きの背景にあると読めます。自己資本比率12.6%という相応の厚みも、その堅実さを支えています。

預貸率が46.1%と、預金の半分弱にとどまるのは、人口減少が進む地方の信金に共通する事情です。貸出を大きく伸ばせる優良な借り手は限られ、地方銀行などとの競争もある。集めた預金のうち貸出に回しきれない分は、有価証券などの運用に向かいます。無理に貸して焦げ付きを増やすのではなく、堅実な貸出と相応の自己資本で、中通りの経済を地道に支える——須賀川信用金庫の数字からは、そうした姿勢が読み取れます。震災という苦難を地域とともに乗り越えてきた歩みも、この堅実さの背景にあるのかもしれません。もちろん、これらの比率には個別の事情も絡むため断定はできませんが、花と特撮のふるさと・中通りという土地を抜きに、この数字は読めません。

須賀川信用金庫が示すのは、中通りの経済の厚みに支えられた堅実さです。県内では比較的恵まれた中通りに根ざし、震災を乗り越えながら地元に堅実に貸す。中庸の預貸率と低めの焦げ付きは、その地域経済の安定と、地道な経営の表れと読めます。

なぜ、こうなったのか——制度と地域

須賀川信用金庫が地元に貸す信金であることの背景には、信用金庫という制度があります。信用金庫が融資できる相手は原則として「会員」に限られ、その資格は信用金庫法10条1項により、信用金庫の「地区」の中に住所や事業所がある人、その地区で働く人、と定められています。事業者には規模の制限もあり、大企業は会員になれません。

この制度のもとでは、貸す相手はおのずと地元の中小事業者や住民に絞られます。須賀川信用金庫にとって、その「地元」とは、須賀川・郡山を中心とする中通りの地域経済です。「ふれあいバンク」というキャッチフレーズや、奥州街道の宿場印めぐりといった地域応援の取り組みは、地区に根ざして相互扶助を担うという、信金の理念を地域づくりに広げる姿といえます。

同じ県の、会津の金融機関と並べてみる

同じ福島県でも、会津地方には会津信用金庫会津商工信用組合があります。会津信用金庫は不良債権比率1.41%と低く、会津商工信用組合は12.94%と高い。中通りの須賀川信用金庫(2.55%)は、その中間ほどの水準です。同じ福島県でも、会津と中通りという地域の違いや、信用金庫と信用組合という種別の違いによって、焦げ付きの数字はこれだけ幅がある。これは優劣ではなく、それぞれの土地と立ち位置の差です。福島の金融機関の多様さは、会津信用金庫会津商工信用組合の記事とあわせて読むと、より立体的に見えてきます。

借り手にとっての意味

地元に根ざす信用金庫は、地域の中小事業者にとって、身近な相談相手です。とりわけ、中通りで商いを営む事業者にとって、土地の事情を知る信金の存在は心強いものです。低めの不良債権比率は経営の堅実さを示しますが、それが個別の融資の可否を保証するものではありません。預貸率という数字の読み方は、預貸率の読み方であらためて整理しています。

同じ県北の信金とも並べてみる

同じ中通りでも、県北の福島市・伊達には福島信用金庫があります。低めの焦げ付き(不良債権2.55%)を保つ中通り南部の須賀川信用金庫と、焦げ付きがやや高め(5.09%)の県北の福島信用金庫とを並べると、同じ中通りでも県南と県北で数字の形が違うことが見えてきます。二つの信金が合併して生まれた県北の信金の姿は、福島信用金庫の記事もあわせてどうぞ。

数字は、土地の安定を映す

預貸率46.1%という水準と、不良債権比率2.55%という低めの数字は、花と特撮のふるさと・中通りに根ざし、震災を乗り越えながら地元を堅実に支えてきた信金の姿を映しています。構造変化を抱えて焦げ付きの高い信金もあれば、地域経済の厚みに支えられて安定する信金もある。数字は、その金融機関がどんな土地で、誰に向き合ってきたかを語ります。須賀川信用金庫の数字は、ウルトラマンの故郷に立つ「ふれあいバンク」の、いまの記録です。

各地の金融機関には、それぞれの土地の事情が刻まれた、それぞれの生き方があります。福島県の他の金融機関とあわせて眺めたい方は、福島県の地域金融機関のページもどうぞ。

出典:預金・貸出金・預貸率・自己資本比率・不良債権比率・中小企業等向け貸出先件数=金融庁「中小・地域金融機関情報一覧」令和7年3月末(預貸率は貸出金÷預金で算出)。
須賀川信用金庫の沿革(1914年に有限責任須賀川信用組合として設立、1951年に信用金庫となる)、キャッチフレーズ「ふれあいバンク」、須賀川市・郡山市・岩瀬郡・石川郡を営業区域とすること、須賀川市・鏡石町・石川町・玉川村の指定金融機関であること、2011年の東日本大震災での本店被災に関する記述=須賀川信用金庫および各種公開情報にもとづく。
須賀川市の地理と文化(中通り・奥州街道の宿場町・牡丹園・円谷英二の故郷)に関する記述=各種公開情報。
会津信用金庫・会津商工信用組合の数値=金融庁「中小・地域金融機関情報一覧」令和7年3月末。
信用金庫の地区・会員資格に関する記述=金融庁 金融審議会「協同組織金融機関のあり方に関するワーキング・グループ」資料『協同組織金融機関の「地区」のあり方』(2008年6月20日・神吉正三)。

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