淡陽信用組合——淡路島から本土へ渡った信組は、何に貸すか
預貸率43.2%、預金2,636億円、自己資本比率11.96%、不良債権比率5.51%。兵庫県洲本市に本店を置く淡陽信用組合。淡路島に生まれ、破綻した信組を継いで本土へ渡った「だんよう」が、何に貸すのか。同じ淡路島の金融機関と比べながら、その数字と歴史を読む。
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兵庫県の洲本市に本店を置く淡陽信用組合は、預金2,636億円を持つ信用組合だ。店舗22。地元では「だんよう」と呼ばれる。本拠は淡路島——瀬戸内海に浮かぶ、近畿地方最大の島だ。ただし、いまの淡陽信用組合の営業区域は島だけにとどまらない。淡路島を中心に、明石海峡大橋を渡った先の神戸地区、姫路・東播磨地区まで、兵庫県南部に広く店舗を展開している。
本店を置く洲本市は、淡路島の中央部、島の経済の中心地だ。淡路島は、たまねぎ・酪農・花きなどの農業、瀬戸内の漁業、そして観光に支えられてきた。一方、橋でつながった対岸の神戸・東播磨は、阪神工業地帯の一角をなす都市と産業の集積地である。淡陽信用組合は、こうした淡路島から本土の兵庫県南部までを営業区域とし、組合員の中小・零細事業者と住民を支えてきた信用組合だ。なお、同じ洲本市には淡路島を地盤とする淡路信用金庫(だんしん/あわしん)もあり、名前が似ているが両者は別の金融機関である。
この信組の数字で目を引くのは、預貸率43.2%という水準だ。預金の4割強を貸出に回している。なぜ、淡路島発のこの信組は、こうした数字になるのか。その成り立ちとともに、数字を読みにいく。
数字を並べてみる
まず、絶対値から。淡陽信用組合の預金は2,636億円、貸出金は1,138億円。預貸率は43.2%で、預金の4割強を貸出に回している。自己資本比率は11.96%、不良債権比率は5.51%。店舗数は22、中小企業等への貸出残高は1,008億円、貸出先は7千件を超える。
同じ淡路島に本店を置く淡路信用金庫(預貸率33.3%・自己資本比率21.55%)と比べると、両者は淡路島を地盤としながら、貸す姿勢に差がある。淡路信用金庫が預金の3分の1ほどしか貸さず資本を極めて厚く積むのに対し、淡陽信用組合の預貸率43.2%はやや高い。淡路島という、預金は集まるが貸出先の限られた土地で、信用金庫はより守りに徹し、信用組合は本土への展開によって貸出先を広げてきた、という違いが読める。同じ島を地盤としても、本土へ渡ったか島にとどまったかで、数字は変わってくる。
| 淡陽信用組合 | 淡路信用金庫 | |
|---|---|---|
| 本店 | 洲本市 | 洲本市 |
| 業態 | 信用組合 | 信用金庫 |
| 預金 | 2,636億円 | 6,092億円 |
| 預貸率 | 43.2% | 33.3% |
| 自己資本比率 | 11.96% | 21.55% |
| 不良債権比率 | 5.51% | 3.13% |
同じ淡路島を地盤としても、本土へ展開した信組と島に徹する信金とで、貸す量は変わる。淡陽信用組合のやや高い預貸率は、本土への展開を映している。
島から本土へ——淡陽信用組合の歩み
淡陽信用組合は、淡路島の北部に生まれた。1952年(昭和27年)12月、当時の津名郡富島町(現在の淡路市)に設立された。その後、1954年に営業区域を洲本市へ広げ、1956年には本店を洲本市へ移転。1959年には洲本市・津名郡・三原郡の一円へと、島内の営業区域を広げていった。淡路島の農業・漁業・商いを支える、島の地域信用組合として歩んできたのである。
転機は、本土への展開だ。1968年(昭和43年)には営業区域を神戸市へと広げた。そして1996年(平成8年)11月、経営破綻した山陽・けんみん大和という二つの信用組合の事業を譲り受け、淡路島以外の兵庫県内で本格的な営業展開を開始した。破綻した信組の預金者と取引先を引き受ける受け皿となることで、淡陽信用組合は島の外、本土の兵庫県南部へと地盤を広げたのである。淡路島という限られた地盤から、明石海峡大橋を越えて神戸・姫路・東播磨へ——この本土展開が、預金2,600億円を超える規模を支えている。
43.2%を、島と本土から読む
淡陽信用組合の預貸率43.2%という水準は、淡路島という、預金は集まるが貸出先の限られた地盤を持ちつつ、本土へ展開して貸出先を広げてきたことの表れだと読める。たまねぎや酪農、漁業、観光に支えられた淡路島は、預金は集まるが、島という地理から貸す相手の数には限りがある。淡陽信用組合は、本土の神戸・東播磨へ展開することで貸出先を広げてきたが、それでも預貸率は4割台にとどまる。集めた預金の残りは有価証券などの運用に向かい、それが自己資本比率11.96%という厚みも支えている。
不良債権比率5.51%という、やや高めの数字は、本土への展開のなかで引き受けた取引先を含め、地域の事業者の浮き沈みを引き受けてきたことを映す。破綻した信組の事業を継いだ歴史も、この数字に影を落としている可能性がある。淡路島に生まれ、本土へ渡って貸出先を広げ、それでも預金の多くを運用に向けながら厚い資本を保つ——それが、淡陽信用組合の数字に表れた生き方だと読める。預貸率という数字をどう読むかについては、預貸率の読み方もあわせてどうぞ。
兵庫の経済とともに
淡陽信用組合の数字は、淡路島という土地と、島から本土へ渡って貸出先を広げてきた信組の歩みの、両方を映している。預金の4割強を組合員に貸し、残りを運用に向けながら、淡路島の農漁業と本土の中小事業者を支えてきた。瀬戸内に浮かぶ島と、橋でつながった本土の経済が、43.2%という預貸率と、11.96%という厚い自己資本に表れている。
銀行や信用組合の数字は、その土地の経済と、その金融機関の生き方を映す鏡だ。淡陽信用組合を見れば、淡路島と兵庫県南部の経済と、島から本土へ渡った信組の姿が浮かぶ。兵庫県の他の金融機関は、同じ淡路島の淡路信用金庫、鞄と温泉のまちの但馬信用金庫、神戸の兵庫県信用組合もあわせてどうぞ。預貸率という数字の読み方については、預貸率の読み方へ。兵庫県の他の金融機関と並べて眺めたい方は、兵庫県の地域金融機関のページへ。
預貸率43.2%の淡陽信用組合は、預金を運用にもあてる信用組合です。こうした金融機関とまず築きたいのは、預金や取引の実績。口座と信用を育てていくための基礎を、用語とあわせてまとめました。
執筆・監修:燧徹史(¥Today 編集責任者)
出典:預金・貸出金・預貸率・自己資本比率・不良債権比率・中小企業等向け貸出残高・貸出先件数・店舗数=金融庁「中小・地域金融機関情報一覧」令和7年3月末(信用組合の計数は百万円単位を億円に換算。預貸率は貸出金÷預金で算出)。淡路信用金庫の数値も同出典。
沿革・地域(洲本市に本店を置き、淡路島を中心に神戸地区・姫路・東播磨地区など兵庫県南部に展開する信用組合であること、1952年12月に津名郡富島町〈現淡路市〉で設立され、1956年に本店を洲本市へ移転、1968年に営業区域を神戸市へ広げ、1996年11月に経営破綻した山陽・けんみん大和の2信用組合の事業を譲り受けて淡路島以外の兵庫県内で本格的な営業展開を開始したこと、同じ洲本市に別の金融機関である淡路信用金庫があること、淡路島がたまねぎ・酪農・漁業・観光に支えられていること)に関する記述=淡陽信用組合および各種公開情報にもとづく。
淡路島・兵庫の地理・経済(淡路島、洲本、津名、明石海峡大橋、神戸、東播磨、たまねぎ、酪農)に関する記述=各種公開情報。
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