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佐賀銀行——柿右衛門をCMに起用する、肥前のトップバンク

預貸率77.4%、自己資本比率8.13%、不良債権比率1.99%。1931年に唐津銀行などが合併して生まれた佐賀県のトップバンク「さぎん」。有田焼の里・肥前の地銀の数字を読む。

ニホン銀行紀行 ・ 佐賀県

佐賀県は、九州の北西部に位置する県だ。広い佐賀平野での稲作、有明海の海苔、唐津や伊万里・有田の焼き物。とりわけ陶磁器は、有田焼・伊万里焼・唐津焼と、日本を代表する産地が県内に集まっている。この肥前の国の金融の中心を、長く担ってきたのが佐賀銀行——通称「さぎん」である。佐賀市に本店を置く、県のトップバンクだ。

この銀行は、テレビCMに少し変わった起用をすることで知られる。有田焼の名門・酒井田柿右衛門を企業CMに起用しているのだ。焼き物という、佐賀の誇る伝統工芸を前面に出す——土地の文化と銀行が結びついた、肥前らしい選択である。その数字を土地から読みにいく。

数字を並べてみる

まず、絶対値から。佐賀銀行の預金は2兆9,178億円、貸出金は2兆2,574億円。預貸率は77.4%で、預金の8割近くを貸出に回している。自己資本比率は8.13%、不良債権比率は1.99%。店舗数は103、中小企業等への貸出先は約6万件。佐賀県と県内主要自治体の指定金融機関を務める、県のトップバンクである。

唐津銀行から、肥前のトップバンクへ

佐賀銀行の歴史は、明治の地方銀行にさかのぼる。源流の一つである唐津銀行は、1885年(明治18年)に設立された。頭取は大島小太郎。唐津は、かつて石炭の積み出し港として栄えた港町であり、その経済を金融面から支える銀行が必要とされていた。1931年(昭和6年)、唐津銀行と西海商業銀行が合併し、あらたに佐賀銀行が発足した。その後、県内の銀行を集約しながら、佐賀県を代表する地方銀行へと成長していった。

佐賀には、もう一つ忘れがたい銀行の歴史がある。古賀銀行だ。佐賀藩の御用商人だった古賀家が1885年に創業し、最盛期には「九州の五大銀行」に数えられ、県内最大の預金残高を誇った。古賀家は銀行・電力・セメントなど幅広い事業を営み、「佐賀財閥」と呼ばれた。だが大正の恐慌を経て、1933年に解散した。栄華を誇った銀行が時代の波に消えるなか、唐津銀行を源流とする佐賀銀行が、肥前の金融を担い続けることになった。

焼き物と米の里に貸す

佐賀銀行の預貸率77.4%は、地方銀行として標準よりやや高めの水準だ。この数字を支えているのは、佐賀という土地の産業構造である。佐賀平野の稲作、有明海の海苔養殖、そして有田・伊万里・唐津の窯業。伝統工芸から農業・水産まで、多様な地場産業が、銀行の貸出を支えている。とりわけ焼き物は、世界に知られるブランドであり、関連する事業者が県内に数多くある。

福岡という大都市圏に隣接しながら、佐賀は独自の経済圏を保っている。その県の事業者に、佐賀銀行は地元の銀行として貸し続けてきた。預貸率という数字をどう読むかについては、預貸率の読み方もあわせてどうぞ。

肥前の経済とともに

佐賀銀行の数字は、焼き物と米に彩られた肥前の経済を、トップバンクとして支える姿を映している。唐津銀行を源流に、消えた佐賀財閥の銀行の後を継ぎ、いまも県の金融の中心を担う。柿右衛門をCMに掲げるその姿勢は、土地の文化とともにある銀行の在り方を映している。

銀行の数字は、その土地の経済と文化を映す鏡だ。佐賀銀行を見れば、焼き物の里・肥前の姿が浮かぶ。預貸率という数字の読み方については、預貸率の読み方もあわせてどうぞ。佐賀県の他の金融機関と並べて眺めたい方は、佐賀県の地域金融機関のページへ。

預貸率とは 預貸率(よたいりつ)とは、金融機関の貸出金残高を預金残高で割った比率。預かった資金のうち、どれだけを貸出に回しているかを示す。預貸率が低い金融機関は、相対的に融資先を求めている可能性をうかがう一つの目安になる。ただし、有価証券運用を主体とする金融機関は、預貸率が低くても融資に積極的とは限らない。 → くわしくは「預貸率の読み方

執筆・監修:燧徹史(¥Today 編集責任者)

出典:預金・貸出金・預貸率・自己資本比率・不良債権比率・中小企業等向け貸出先件数・店舗数=金融庁「中小・地域金融機関情報一覧」令和7年3月末。
沿革(唐津銀行1885年設立・1931年合併で佐賀銀行発足・古賀銀行と佐賀財閥・柿右衛門のCM起用)=佐賀銀行公開情報、各種公開情報。
佐賀県の産業(稲作・海苔・有田焼・伊万里焼・唐津焼)に関する記述=各種公開情報。

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