¥Today 経営の手引き

あなたの三権は、誰に削り取られているか(後編)——AIとあなた自身が防火壁を突き破る

前編では、社員や身内、愛人といった身近な相手によって、三権が足元から削られていく入り口を見ました。後編では、その緩んだ足場に加わった新しい道具——AIを取り上げます。職掌という最後の防火壁が、専門知識を欠いたAIの言葉でいとも気楽に破られ、それがなぜ、会社のいちばん大切な部分を直撃して致命傷に至るのか。その構造をたどります。

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職掌は、誤った判断を防ぐ「防火壁」

会社には、職掌や管轄という区切りがあります。誰がどの領域を決め、どこから先には口を出さないか。一見、ただの縄張りのように見えますが、これは違います。職掌は、間違った判断が会社全体に燃え広がるのを食い止める、防火壁です。

専門の領域には、その領域を分かっている者でなければ下せない判断があります。だから、分からない者はそこに踏み込まない。踏み込む前に、その分野の責任者を通す。この「壁」があるおかげで、思いつきや無知による判断が、現場で止められる。職掌とは、無知が暴走しないための、組織の安全装置なのです。

AIが、その壁を「気楽に」越えさせる

ところが、いま、この防火壁が、かつてないほど簡単に破られるようになりました。AIです。

専門知識のない経営者が、その分野のことをよく知らないまま、AIにそれらしく問いかける。すると、それらしい答えが返ってくる。経営者は、その借り物の言葉を盾にして、本来は踏み込むべきでない専門領域に、ずかずかと入っていく。「AIもこう言っている」と。これまでなら、知らないがゆえに手前で止まっていた壁を、AIの言葉が、いとも気楽に越えさせてしまうのです。

ここで、一つの問いが浮かびます。経営者は、なぜ、よりにもよって自分がいちばん分からない領域に、わざわざ踏み込むのか。普通なら、苦手な分野は人に任せるはずです。けれど、現実は逆を行きます。

経営者がいちばん口出ししにくい領域とは、たいてい、その会社の中核そのものです。技術の心臓部、稼ぎ頭の現場、専門職の聖域。そこで実権をふるってみせることは、自分の存在感を示す、またとない舞台になる。だからこそ、人は必ず、そこに手を突っ込みたくなるのです。

これまでは、知識がないという壁が、その欲望を手前で止めていました。中核には、さすがに口を出せなかった。ところがAIが、その最後のブレーキを外してしまった。借り物の言葉という武器を手にした経営者は、最も触れてはいけない場所——会社の中核で、存在感を誇示しはじめます。

一人が壁を破ると、皆がそこに群がる

そして、ここからが組織の恐ろしいところです。最高指導者が、職掌の壁を気楽に破ってみせる。その様子を、ほかの人間たちが見ています。

すると、彼らは学習するのです。「あの壁は、破ってもいいものなのだ」と。一度そう認識されると、その防火壁には、あちこちから人が取り付くようになります。我も我もと壁に群がり、寄ってたかって、無力化させていく。前編で触れた、職掌の壁を軽んじる癖が、ここで一気に加速します。堕落していく組織は、例外なく、この「壁が破られていく構造」を内側に抱えています。

そして、いちばん大切な部分が崩れる

こうして無力化されていくのが、よりにもよって会社の中核——前述のとおり、経営者が存在感を求めて手を突っ込んだ、まさにその場所です。技術の核、稼ぎ頭、花形と呼ばれる部門。そこに、無知な判断が、防火壁を失った状態で、次々と流れ込んでいく。

結果は、火を見るより明らかです。会社の中核部門の機能が、内側から崩れていきます。いちばん壊れてはいけない場所が、いちばん先に壊れる。これは、末端のささいな不調とはわけが違います。中核の崩壊は、そのまま会社全体の致命傷になります。経営者は、自分の存在感を示そうとした、まさにその行為によって、会社の心臓を自らの手で止めてしまうのです。

外から三権を脅かす監督官庁や大株主と、AIの言葉を盾に中核を突き崩す経営者自身。どちらが会社にとって危ういか。前者には抗うことができます。けれど後者は、守るべき本人が、加害者を兼ねている。これほど止めにくい侵食はありません。

三権は、手入れし続けるものだ

前編と後編を通して見えてくるのは、一つの単純な事実です。三権は、持っているだけでは保てない。使い、点検し、守り抜く相手を選ばず、そして自分自身が無知の領域に踏み込まないよう律する——その不断の手入れがあって、はじめて機能し続けます。

命令に従わない社員に甘い顔をしないこと。業務と私事の境を、身内にも愛人にも、はっきりと引くこと。そして、分からない領域には、AIの言葉を盾にしてまで踏み込まないこと。むしろ、分からないからこそ、その道のプロに任せ、職掌の壁を自分から尊重してみせること。これらはすべて、同じ一つのこと——三権の手入れです。

外の嵐に備える前に、足元を見てください。あなたの業務命令権は、いま本当に機能していますか。あなたの人事権は、誰かに、あるいは何かに、なし崩しに譲られていませんか。三権が十分に機能して、経営ははじめて成立します。どれだけ有能でも、どれだけ立派なビジョンを掲げていても、足元から三権が抜け落ちていれば、その会社は必ず行き詰まる。守るべきものは、案外、遠くではなく、すぐ手元にあるのです。

執筆・監修:燧徹史(¥Today 編集責任者)

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