¥Today 経営の手引き

あなたの三権は、誰に削り取られているか(前編)——社員・身内・愛人という侵食

別の稿で、全日空の社長が、人事権を守るために椅子を捨てた話をしました。あれは、外から——監督官庁や天下りの重役という、遠い相手から三権が脅かされた話です。けれど、多くのオーナー経営者にとって、三権はもっと近いところから崩れます。命令に従わない社員。業務と私事の境を溶かす身内や愛人。誰も奪いに来ていないつもりで、足元から密やかに削られていく。その入り口を、前後編で見ていきます。

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「自分の権限は、絶対だ」という思い込み

日本の中小企業の多くは、オーナー企業です。株を持ち、最終決定権を握る経営者が、そのまま会社を動かしている。だから多くの経営者は、自分の権限は絶対に保証されていると、心のどこかで信じています。誰かに奪われるなどと、本気では考えていません。

その思い込みが、落とし穴の入り口です。権限が絶対だと信じているから、手入れを忘れる。ここを、ほとんどの人が見落とします。どんな権限も、どんな機能も、きちんと使い、点検し、保ち続けなければ、遅かれ早かれ、まともに動かなくなる。経営三権——業務命令権・人事権・施設管理権も、例外ではありません。一度手にしたら永久に自分のもの、という性質のものではないのです。

使われない命令権は、命令権でなくなります。行使されない人事権は、ただの肩書きになります。三権は、所有するものではなく、毎日、手入れし続けて、ようやく保たれる機能です。にもかかわらず、絶対に保証されていると思い込んでいるから、点検を怠る。そして気づいたときには、方々で少しずつ削り取られ、雲散霧消している。これが、多くの会社で気づかれないまま進んでいることです。

三権は、奪われるのではありません。手入れを忘れた経営者の手から、ひとりでに錆びて、こぼれ落ちていくのです。削り取っていくのは、たいてい、いちばん身近な人たちです。

社員——「従わなくても、おとがめなし」が組織を腐らせる

まず、社員です。これがいちばん根が深い。

たとえば、事業の継続に欠かせない資格を握っている社員がいます。不動産業の宅地建物取引士、ガソリンスタンドの危険物取扱者、運送業の大型免許。その人がいなければ、明日から営業が止まる。そういう社員が、業務命令に従わない。経営者は、目先の事業を止めたくないばかりに、それを黙って見逃します。古参社員が同じように命令を無視しても、強い処置を取れずにいる。

気持ちは分かります。けれど、ここで見逃したものの正体を、よく見てください。最高指導者が「やれ」と言ったことに従わず、それでも何のおとがめもない。その事実を、組織全体が学習します。トップの命令に従わなくても罰されない組織に、ガバナンスが成立する道理はありません。業務命令権という三権の一つが、ここで一段、削られたのです。

社員同士の主導権争いも、同じ侵食を生みます。誰が何を決めるかという職掌の壁が、争いのなかで軽んじられていく。そして恐ろしいことに、社内で職掌の壁を軽視する習慣がつくと、それはやがて、取締役会や株主総会との壁——本来もっと厳格であるべき壁——まで、同じように侵食していきます。小さな壁を崩す癖は、大きな壁にも必ず及ぶのです。

もう一つ。日々の業務の進め方を、社員が事実上、専決してしまう。細かい書類仕事や官庁への報告といったルーチンに紛れて、いつのまにか事業の根幹の進め方まで、その社員が握っている。時代に合わなくなったやり方でも、その社員のフローがどうしても剥がせない。やがて、その社員が定年を迎えるその日を境に、会社の存続そのものが危ぶまれる——そんな危うさを、知らぬ間に抱え込んでいる会社があります。一人の社員に、会社の命運を握らせてしまっているのです。

これらに共通するのは、すべて「その場しのぎ」だということです。いま処罰を見逃すことで、将来の致命的な惨事を、自分の手で招き入れている。そして、その場しのぎを選ぶ根っこにあるのは、経営者自身の緊張感のなさです。会社が傾けば、倒産して無一文になるかもしれない。そのいちばん重いペナルティを背負っているのは、ほかでもない自分自身なのに、その緊張感が薄い。だから、甘い顔をしてしまう。

サボタージュされたら、雑巾がけでも、車の運転でも、自分でやる。それで回らなくなるなら、会社をたたんでも構わない——そこまで腹をくくれるかどうか。ここだけは、経営者が絶対に甘い顔をしてはいけない一線です。

身内と愛人——会社の「形」を溶かす人たち

次に、身内と愛人です。家族であれ、愛人であれ、この二つには、経営にとって同じ危険があります。

その危険とは、社員が「どちらを優先すればいいのか分からなくなる」相手だということです。考えてみてください。会社の指揮権があるのかないのかも分からない人物が、社員に「ちょっと買い物を手伝って」と言ってくる。社員は、いまやっている業務と、その頼みごとの、どちらを優先すべきか分からなくなる。たったこれだけのことが、会社が「形」を失っていく入り口になります。誰が誰に命令できるのか、その秩序が、一気に曖昧になるからです。

そして、身内も愛人も、経営者がよほどしっかり立ち居振る舞いを教え込んでいない限り、個人的な関係の延長線上で、会社に接してきます。ここを、経営者は混同してはいけません。

会社と無関係な日曜日に、子どもが「パパ」と呼ぶのは構わない。私生活で誰と何をしていようと、それ自体は会社と関係なく、社員がつけこめる話ではありません。問題は、そこではない。へらへら笑いながら、社長の奥さんの買い物の運転手をするようになった社員は、はたして会社の人員と言えるのか。——この問いを立てられない経営者が、そういう関係を自ら会社に招き入れている。その時点で、自殺行為に手を染めているのです。

「一物一価」が壊れると、まともな人から去っていく

身内や愛人の問題は、最終的に、もっと深いところを壊します。会社の評価のしくみそのものです。

働かない者、上下の秩序や、横の——公式な場での——礼儀を守れない者を、会社に入れてはいけない。これは鉄則です。そしてそれ以上に効いてくるのが、報酬という労使関係の根幹の形骸化です。同じ働きには同じ対価、という当たり前の原則——いずれ別の稿で「一物一価」として詳しく書きます——から外れた報酬を得る者を一人でも入れた瞬間、会社の評価機構は壊れ始めます。

理屈は単純です。真面目に働いても、血のつながりや、肉体関係を理由に、報酬を横から抜かれていく。そんな組織に、まともな人物が居着くと思えるでしょうか。だから、評価が歪んだ会社からは、まともな人から順に去っていく。残るべき人が残らず、残ってほしくない人が残る。そういう会社が、大筋で悲惨な末路をたどるのは、理の当然なのです。

侵食は、もう始まっているかもしれない

ここまで挙げてきたものは、どれも、ある日突然やってくる事件ではありません。日々の小さな見逃し、小さな甘い顔の、積み重ねです。命令に従わない社員を一度見逃す。身内の頼みを社員に振る。それぞれは些細に見える。けれど、その一つひとつが、あなたの三権を、確実に一段ずつ削っています。

そして、本当に怖いのはここからです。こうして足場が緩んだ組織に、いま、新しい侵食の道具が加わりました。専門知識がなくても、それらしい答えを返してくれる道具——AIです。後編では、職掌という最後の防火壁が、AIによってどう破られ、それがどうやって会社の中核を直撃し、致命傷に至るのかを見ていきます。

執筆・監修:燧徹史(¥Today 編集責任者)

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