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一関信用金庫——平泉の南、餅の城下町で、一信は預金の4割をどう貸すか

預貸率39.4%、預金2,392億円、自己資本比率11.34%、不良債権比率2.17%。岩手県一関市に本店を置く一関信用金庫。世界遺産・平泉の南、餅文化の城下町に根ざす「一信」が、預金の4割をどう貸すのか。同じ岩手の信金と比べながら、その数字と歴史を読む。

ニホン銀行紀行 ・ 岩手県

岩手県の一関市に本店を置く一関信用金庫は、預金2,392億円を持つ信用金庫だ。店舗16。地元で「一信(いっしん)」と呼ばれ、一関市を中心に、西磐井郡平泉町、宮城県栗原市・登米市・気仙沼市にまたがって店舗を構える。世界遺産・平泉の南に広がる、餅文化の城下町に根ざす信金だ。

本拠の一関市は、岩手県の最南端、宮城県との県境に位置する県南の中心都市だ。すぐ北には、中尊寺金色堂で知られる世界遺産・平泉がある。一関は伊達領の南の要として栄えた城下町であり、藩政期に育まれた独自の餅文化——冠婚葬祭や年中行事に餅をふるまう「もち本膳」の伝統——でも知られる。北上川と磐井川が流れ、農業と地場の中小商工業が地域経済を支える。一関信用金庫は、こうした歴史と餅の県南に根ざし、岩手県南から宮城県北にかけての中小事業者と住民に貸してきた。

この信金の数字を見ると、預貸率39.4%という、4割を切る低めの水準が目を引く。預金2,392億円に対し、貸出金は942億円。預金の4割弱しか貸していない。一方で不良債権比率は2.17%と低い。県南の信金は、預金の4割をどう貸しているのか。同じ岩手の信金とも比べながら、数字を読みにいく。

数字を並べてみる

まず、絶対値から。一関信用金庫の預金は2,392億円、貸出金は942億円。預貸率は39.4%で、預金の4割弱を貸出に回している。自己資本比率は11.34%、不良債権比率は2.17%。店舗数は16。

同じ岩手県の信金と比べてみる。北上を地盤とする北上信用金庫(預貸率49.3%)、奥州・水沢の水沢信用金庫(預貸率34.4%)、県都・盛岡の盛岡信用金庫(預貸率48.6%)と並べると、一関信用金庫の預貸率39.4%は、岩手の信金のなかでは低めだ。北上・盛岡が5割近くを貸すなか、一関は4割弱にとどまる。隣接する水沢(34.4%)と並んで、岩手県南の信金は預貸率が低めに出る傾向がある。一方で不良債権比率2.17%は、岩手の信金のなかでも低い水準で、堅実に貸してきたことをうかがわせる。無理に貸さず、焦げ付きを抑える——その堅実さが、数字に表れていると読める。

岩手県の信用金庫(令和7年3月末)
 一関信用金庫北上信用金庫水沢信用金庫盛岡信用金庫
本店一関市北上市奥州市盛岡市
預貸率39.4%49.3%34.4%48.6%
自己資本比率11.34%13.82%13.61%9.2%
不良債権比率2.17%3.6%7.77%5.67%

いずれも岩手県の信金。一関は預貸率が低めだが、不良債権比率は最も低い。県南の堅実な貸出姿勢を映す。

一関信用組合から——一関信用金庫の歩み

一関信用金庫は、1948年(昭和23年)7月、一関信用組合として大蔵大臣の認可を受けて発足し、翌1949年(昭和24年)5月に業務を開始した。発足直後の同年、アイオン台風の被害により事務所の移転を余儀なくされるなど、戦後の混乱期に船出した。1950年(昭和25年)に中小企業等協同組合法に基づく一関信用組合へ改組し、1952年(昭和27年)5月、信用金庫法に基づき一関信用金庫となった。本店は一関市幸町に置かれている。1993年(平成5年)には、経営破綻した釜石信用金庫から大船渡支店を譲り受けるなど、県南・沿岸の地域金融を支える役割も担ってきた。略称は「一信」。

歴史と餅の県南という土地は、信用金庫にとって独特の地盤だ。世界遺産・平泉の観光、一関の城下町の商い、北上川流域の農業、そして宮城県北にまたがる地場の中小商工業——堅実だが、大型の資金需要が次々と生まれる土地ではない。人口減少も進む。預金は地域から着実に集まっても、それを吸収するだけの大型の貸出先は限られる。だから貸出は預金の4割弱にとどまる。これは、貸す力がないというより、無理に貸さず、堅実な相手に貸して焦げ付きを抑える県南の信金らしい慎重さの表れだと読める。不良債権比率2.17%という低さは、その堅実な貸出姿勢を裏づけている。釜石信金からの支店譲受のように、地域金融のセーフティネットとしての役割も果たしてきた。

39.4%を、餅の城下町から読む

一関信用金庫の預貸率39.4%という低めの水準は、大型の資金需要が乏しく人口減少も進む岩手県南で、無理に貸さず堅実な相手に貸してきたことの表れだと読める。世界遺産・平泉の南、餅の城下町で、信金として貸せる相手に慎重に貸してきた。預金は着実に集まっても、貸出は預金の4割弱にとどまる。

そのうえで、不良債権比率2.17%という低さを保っていることが、この信金の性格を物語る。貸出を絞り、焦げ付きを抑え、堅実に運用する。無理に貸さず、地域とともに健全であろうとする慎重な経営——その姿勢が、39.4%という低めの預貸率と、2.17%という低い焦げ付きの両立に表れていると読める。釜石信金からの支店譲受のように、地域金融を支える役割も担いながら、一信は県南の経済とともに歩んでいる。預貸率という数字をどう読むかについては、預貸率の読み方もあわせてどうぞ。

岩手の経済とともに

一関信用金庫の数字は、世界遺産・平泉の南に広がる餅の城下町という土地と、戦後に発足して地域金融を支えてきた歴史の、両方を映している。岩手県南から宮城県北にかけて、無理に貸さず堅実な相手に貸しながら、焦げ付きを低く抑えてきた。大型の資金需要が乏しい県南の土地柄が、39.4%という低めの預貸率と、2.17%という低い不良債権比率に表れている。

銀行や信用金庫の数字は、その土地の経済と、その金融機関の生き方を映す鏡だ。一関信用金庫を見れば、歴史と餅の県南の経済と、そこで堅実に貸す信金の姿が浮かぶ。岩手県の他の金融機関は、北上の北上信用金庫、奥州・水沢の水沢信用金庫、県都・盛岡の盛岡信用金庫、宮古の宮古信用金庫、県内最大の地銀岩手銀行もあわせてどうぞ。預貸率という数字の読み方については、預貸率の読み方へ。岩手県の他の金融機関と並べて眺めたい方は、岩手県の地域金融機関のページへ。

一関信用金庫と融資のはなし

一関信用金庫は、世界遺産・平泉の南、餅の城下町に根ざし、堅実に貸す信用金庫です。地元の事業者に貸す信金とどう付き合うか、口座づくりから与信の考え方まで、知っておきたい銀行取引の基礎をまとめました。

預貸率とは 預貸率(よたいりつ)とは、金融機関の貸出金残高を預金残高で割った比率。預かった資金のうち、どれだけを貸出に回しているかを示す。4割を切る水準は、土地に大きな資金需要が乏しいことや、無理に貸さず焦げ付きを抑える堅実な経営の表れであることが多い。不良債権比率とあわせて見ることで、その信金の貸し方が見えてくる。 → くわしくは「預貸率の読み方

執筆・監修:燧徹史(¥Today 編集責任者)

出典:預金・貸出金・預貸率・自己資本比率・不良債権比率・店舗数=金融庁「中小・地域金融機関情報一覧」令和7年3月末(信用金庫の計数は百万円単位を億円に換算。預貸率は貸出金÷預金で算出)。北上信用金庫・水沢信用金庫・盛岡信用金庫の数値も同出典。
沿革(1948年7月に一関信用組合として認可されたこと、1952年5月に信用金庫法に基づき一関信用金庫となったこと、本店が一関市幸町にあること、一関市・平泉町・宮城県栗原市・登米市・気仙沼市に店舗を持つこと、1993年に釜石信用金庫から大船渡支店を譲り受けたこと、略称が「一信」であること)=一関信用金庫および各種公開情報にもとづく。
一関の地理・歴史(一関市、世界遺産・平泉、中尊寺、城下町、餅文化、北上川、宮城県北との近接)に関する記述=各種公開情報・歴史的事実。

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