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上田信用金庫——真田の城下町・上田で、上田しんきんは何に貸すか

預貸率52.3%、預金2,914億円、自己資本比率17.15%、不良債権比率2.8%。長野県上田市に本店を置く上田信用金庫。真田の城下町・蚕都上田に根ざす「上田しんきん」が、何に貸すのか。同じ長野の信金と比べながら、その数字と歴史を読む。

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長野県の上田市に本店を置く上田信用金庫は、預金2,914億円を持つ信用金庫だ。店舗23。地元で「上田しんきん」と呼ばれ、上田市を中心に、小諸・佐久・東御・南北佐久郡・小県郡という東信地方を地盤とする。真田の城下町・上田に根ざす信金だ。

本拠の上田市は、長野県の東部、千曲川の流れる上田盆地の中心都市だ。戦国の名将・真田氏の城下町として知られ、真田昌幸・幸村(信繁)父子が二度にわたり徳川の大軍を退けた上田城で名高い。近代には「蚕都(さんと)」と呼ばれ、養蚕・製糸業で栄えた。蚕種・生糸の一大産地として上田は近代日本の輸出を支え、その富が地域に蓄積された。いまは精密機械や電子部品などの製造業も根づき、別所温泉を抱える観光の顔も持つ。上田信用金庫は、こうした真田の城下町・蚕都上田を中心とする東信地方に根ざし、地域の中小事業者と暮らしに貸してきた。

この信金の数字を見ると、預貸率52.3%という、長野県の信金として際立って高い水準と、自己資本比率17.15%という厚さ不良債権比率2.8%という低さが同居している。長野の信金は低預貸が多いなか、上田はよく貸し、資本も厚く、焦げ付きも少ない。なぜか。同じ長野県の信金とも比べながら、数字を読みにいく。

数字を並べてみる

まず、絶対値から。上田信用金庫の預金は2,914億円、貸出金は1,524億円。預貸率は52.3%で、預金の半分強を貸出に回している。自己資本比率は17.15%、不良債権比率は2.8%。店舗数は23。

同じ長野県の信金と比べてみる。善光寺門前の長野信用金庫(預貸率40.9%・自己資本比率22.27%)、城下町・松本の松本信用金庫(預貸率47.9%・自己資本比率13.94%)、精密工業の諏訪信用金庫(預貸率45.9%・自己資本比率23.91%)と並べると、上田信用金庫の預貸率52.3%は、長野県の信金のなかで際立って高い。長野県の信金は預貸率4割台が多いなか、上田は半分を超える。東信地方という、上田・佐久を中心に製造業や商業が集まる地盤で、地域の中小によく貸してきた姿がうかがえる。しかも自己資本比率17.15%という厚さと、不良債権比率2.8%という低さを併せ持つ。よく貸しながら、資本は厚く、焦げ付きは少ない。攻めと守りを両立した、長野県でも数少ないバランス型の信金だ。

長野県の信用金庫(令和7年3月末)
 上田信用金庫長野信用金庫松本信用金庫諏訪信用金庫
本店上田市長野市松本市諏訪市
預貸率52.3%40.9%47.9%45.9%
自己資本比率17.15%22.27%13.94%23.91%
不良債権比率2.8%6.03%5.65%3.16%

いずれも長野県の信金。上田は預貸率が県内で際立って高く、厚い資本と低い焦げ付きを併せ持つバランス型。

蚕都上田とともに——上田信用金庫の歩み

上田信用金庫は、1922年(大正11年)12月、産業組合法に基づき「有限責任上田市信用組合」として設立された。当時の上田は、養蚕・製糸で栄える「蚕都」であり、生糸を世界へ送り出す活気のなかで、地域の商工業者を支える金融機関として生まれたのだ。戦後の1951年(昭和26年)11月、信用金庫法に基づき「上田信用金庫」となった。2002年(平成14年)8月には、経営破綻した上田商工信用組合の事業の一部を譲り受け、地域金融の受け皿としての役割も担った。本店は上田市材木町に置かれ、愛称は「上田しんきん」、金融機関コードは1392。東信地方(上小・南北佐久)を営業基盤とし、コーポレートマークには上田の「U」と、佐久・しんきんの「S」、営業域を横断する千曲川が込められている。「堅実経営に徹し、地域の中小企業・個人とともに成長してきた」と掲げる。

真田の城下町・蚕都上田という土地は、信用金庫にとって、厚みのある地盤だ。蚕都として蓄積された富、精密機械や電子部品の製造業、佐久平の商業——東信地方には多様な地元経済が積み重なっている。この厚い経済を背景に、上田信金は地域の中小によく貸してきた。預貸率52.3%という県内で際立って高い水準は、その積極的な貸出姿勢の表れだ。同時に、自己資本比率17.15%という厚い資本と、不良債権比率2.8%という低い焦げ付きを保つ。これは、破綻した信用組合の受け皿も担いながら、なお堅実経営を貫いてきたことの表れだと読める。よく貸し、資本を厚く保ち、焦げ付きを抑える——蚕都の富を受け継ぐ東信地方で、攻めと守りを両立してきた信金の姿が、この数字に表れている。

52.3%を、東信から読む

上田信用金庫の預貸率52.3%という、長野県で際立って高い水準と、自己資本比率17.15%という厚さ、不良債権比率2.8%という低さの組み合わせは、真田の城下町・蚕都上田を中心とする東信地方で、地域の中小によく貸しながら、なお堅実経営を貫いてきたことの表れだと読める。長野の信金が低預貸の多いなか、上田は半分を超えて貸す。蚕都として蓄積された富と、製造業・商業の厚みが、この高い預貸率を支えている。

そのうえで、厚い資本と低い焦げ付きを併せ持つことが、この信金の性格を物語る。破綻した信用組合の受け皿も担いながら、よく貸し、なお健全性を守る。蚕都の富を受け継ぐ東信地方で、攻めと守りを両立する——その姿勢が、52.3%という高い預貸率と、17.15%という厚い自己資本、2.8%という低い不良債権比率に表れていると読める。真田の城下町・上田で、上田しんきんは東信の経済とともに歩んでいる。預貸率という数字をどう読むかについては、預貸率の読み方もあわせてどうぞ。

長野の経済とともに

上田信用金庫の数字は、真田の城下町・蚕都上田という土地と、養蚕で栄えた時代に始まり堅実経営を貫いてきた信金の歴史の、両方を映している。蚕都の富を受け継ぐ東信地方で、地域の中小によく貸しながら、厚い資本と低い焦げ付きを保ってきた。東信という土地柄と、攻めと守りを両立する堅実な経営が、52.3%という高い預貸率と、17.15%という厚い自己資本に表れている。

銀行や信用金庫の数字は、その土地の経済と、その金融機関の生き方を映す鏡だ。上田信用金庫を見れば、蚕都上田の経済と、そこでよく貸しながら堅実を貫く信金の姿が浮かぶ。長野県の他の金融機関は、善光寺門前の長野信用金庫、城下町・松本の松本信用金庫、精密工業の諏訪信用金庫、伊那谷のアルプス中央信用金庫、県内最大の地銀八十二銀行もあわせてどうぞ。預貸率という数字の読み方については、預貸率の読み方へ。長野県の他の金融機関と並べて眺めたい方は、長野県の地域金融機関のページへ。

上田信用金庫と融資のはなし

上田信用金庫は、真田の城下町・蚕都上田に根ざし、よく貸しながら厚い資本と低い焦げ付きを保つバランス型の信用金庫です。地元の事業者に貸す信金とどう付き合うか、口座づくりから与信の考え方まで、知っておきたい銀行取引の基礎をまとめました。

預貸率とは 預貸率(よたいりつ)とは、金融機関の貸出金残高を預金残高で割った比率。預かった資金のうち、どれだけを貸出に回しているかを示す。製造業や商業が集まり資金需要の厚い地方都市では、預貸率が5割を超えることがある。あわせて自己資本比率が厚く不良債権比率が低い場合は、よく貸しながらも健全性を守る、攻めと守りを両立した経営の表れであることが多い。複数の指標をあわせて見ることで、その姿が見えてくる。 → くわしくは「預貸率の読み方

執筆・監修:燧徹史(¥Today 編集責任者)

出典:預金・貸出金・預貸率・自己資本比率・不良債権比率・店舗数=金融庁「中小・地域金融機関情報一覧」令和7年3月末(信用金庫の計数は百万円単位を億円に換算。預貸率は貸出金÷預金で算出)。長野信用金庫・松本信用金庫・諏訪信用金庫の数値も同出典。
沿革(1922年12月に産業組合法に基づき有限責任上田市信用組合として設立されたこと、1951年11月に信用金庫法に基づき上田信用金庫となったこと、2002年8月に経営破綻した上田商工信用組合の事業の一部を譲り受けたこと、本店が上田市材木町にあること、愛称が「上田しんきん」であること、金融機関コードが1392であること、東信地方〔上小・南北佐久〕を営業基盤とすること)=上田信用金庫および各種公開情報にもとづく。
上田・東信の地理・歴史(上田市、上田盆地、千曲川、真田氏、真田昌幸、真田幸村、上田城、蚕都、養蚕、製糸、生糸、別所温泉、佐久平、精密機械)に関する記述=各種公開情報・歴史的事実。

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