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三条信用金庫——金物のまち・燕三条で、さんしんは何に貸すか

預貸率46.5%、預金4,881億円、自己資本比率15.58%、不良債権比率5.02%。新潟県三条市に本店を置く県内最大の信用金庫・三条信用金庫。金物のまち・燕三条に根ざす「さんしん」が、何に貸すのか。同じ新潟の信金と比べながら、その数字と歴史を読む。

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新潟県の三条市に本店を置く三条信用金庫は、預金4,881億円を持つ新潟県内最大の信用金庫だ。店舗26。地元で「さんしん」と呼ばれ、三条市を中心に、燕市・見附市・長岡市、そして新潟市にまで店舗を広げている。金物のまち・燕三条に根ざす信金だ。

本拠の三条市は、新潟県のほぼ中央、信濃川の支流・五十嵐川沿いに広がる。江戸期に和釘づくりが根づいて以来、鍛冶の技を受け継ぎ、金属加工のまちとして発展してきた。包丁・刃物・作業工具・利器工匠具など、職人の手による金物づくりで全国に知られる。隣接する燕市とあわせ「燕三条」と呼ばれるこの地域は、金属洋食器(カトラリー)や金属ハウスウェアの世界的な産地であり、いまも数多くの中小製造業がひしめく、日本有数のものづくり集積地だ。三条信用金庫は、こうした金物のまち・燕三条に根ざし、ものづくりの中小に貸してきた。県内最大の信金として、燕三条の産業を資金面で支える役割を担っている。

この信金の数字を見ると、預貸率46.5%という水準に対し、自己資本比率15.58%という厚さと、不良債権比率5.02%というやや高めの数字が同居している。県内最大の信金が、ものづくりの中小に貸すなかで、何を抱えてきたのか。同じ新潟の信金とも比べながら、数字を読みにいく。

数字を並べてみる

まず、絶対値から。三条信用金庫の預金は4,881億円、貸出金は2,269億円。預貸率は46.5%で、預金の半分弱を貸出に回している。自己資本比率は15.58%、不良債権比率は5.02%。店舗数は26で、いずれも新潟県の信金で最大規模だ。

同じ新潟県の信金と比べてみる。長岡の長岡信用金庫(預貸率40.4%・自己資本比率15.86%)、新潟市の新潟信用金庫(預貸率51.4%・自己資本比率15.46%)、柏崎の柏崎信用金庫(預貸率47.8%・不良債権比率1.79%)と並べると、三条信用金庫の預貸率46.5%は、新潟の信金として標準的な中位だ。県内最大の規模を持ちながら、預貸率自体は突出していない。注目すべきは、自己資本比率15.58%という厚い資本を保ちつつ、不良債権比率5.02%とやや高めである点だ。これは、燕三条という、景気の波を受けやすいものづくりの中小に深く貸してきたことの表れだと読める。資本を厚く積んで、その変動を引き受ける——県内最大の信金らしい構えがうかがえる。

新潟県の信用金庫(令和7年3月末)
 三条信用金庫長岡信用金庫新潟信用金庫柏崎信用金庫
本店三条市長岡市新潟市柏崎市
預貸率46.5%40.4%51.4%47.8%
自己資本比率15.58%15.86%15.46%13.13%
不良債権比率5.02%4.58%2.32%1.79%

いずれも新潟県の信金。三条は預金4,881億円で県内最大。厚い資本を保ちつつ、ものづくりの中小に深く貸す姿を映す。

三條成産信用組合から——三条信用金庫の歩み

三条信用金庫の歴史は古い。1899年(明治32年)12月25日、三條町(現・三条市)の福昌寺で「三條成産信用組合」の設立総会が開かれ、翌1900年(明治33年)に開業した。1901年(明治34年)には産業組合法に基づく「有限責任三条成産信用組合」として設立登記。その後、市街地信用組合への改組を経て、1951年(昭和26年)10月、信用金庫法に基づき「三條信用金庫」となった。本店は三条市に置かれ、略称は「さんしん」。1959年(昭和34年)には金物のもう一つの中心地・燕市に初の市外店舗を開設し、その後、新潟市や長岡市にも店舗を広げて、新潟県内最大の信用金庫へと育った。2024年で創業125年を迎えている。

金物のまち・燕三条という土地は、信用金庫にとって独特の地盤だ。和釘から始まり、刃物・作業工具・金属洋食器・金属ハウスウェアへと広がった、無数の中小製造業の集積地——その多くが、家族経営に近い規模で、世界に通用する技術を持つ。こうしたものづくりの中小は、景気や為替、海外との競争の波を受けやすく、好不況の振れが大きい。三条信金は、県内最大の信金として、この燕三条のものづくりの中小に深く貸してきた。預貸率46.5%という標準的な水準のなかに、ものづくりへの着実な融資が積み重なっている。不良債権比率5.02%というやや高めの数字は、景気の波を受けやすい中小製造業に貸し続けてきたことの裏返しだと読める。そして自己資本比率15.58%という厚い資本は、その変動を引き受けながらも健全性を保つための備えであり、県内最大の信金としての体力の表れだと読める。近年はクラウドファンディング事業者との提携など、ものづくりの新しい挑戦を支える取り組みにも乗り出している。

46.5%を、金物のまちから読む

三条信用金庫の預貸率46.5%という標準的な水準は、金物のまち・燕三条で、世界に通用するものづくりの中小に、県内最大の信金として着実に貸してきたことの表れだと読める。規模は大きいが、無理に貸出を伸ばすのではなく、地域の中小に堅実に貸す。預金は着実に集まり、その半分弱をものづくりの現場に貸す。

そのうえで、自己資本比率15.58%という厚い資本と、不良債権比率5.02%というやや高めの数字が同居していることが、この信金の性格を物語る。景気の波を受けやすいものづくりの中小に深く貸し、その変動を引き受けながらも、厚い資本で健全性を保つ。燕三条のものづくりと運命をともにしながら、体力で支える——その構えが、46.5%という預貸率と、15.58%という厚い自己資本に表れていると読める。金物のまち・燕三条で、さんしんは新潟の経済とともに歩んでいる。預貸率という数字をどう読むかについては、預貸率の読み方もあわせてどうぞ。

新潟の経済とともに

三条信用金庫の数字は、金物のまち・燕三条という土地と、明治期の信用組合から県内最大の信金へと育った歴史の、両方を映している。世界に通用するものづくりの中小に深く貸し、その変動を厚い資本で引き受けてきた。ものづくり集積地という土地柄と、県内最大の信金としての体力が、46.5%という預貸率と、15.58%という厚い自己資本に表れている。

銀行や信用金庫の数字は、その土地の経済と、その金融機関の生き方を映す鏡だ。三条信用金庫を見れば、金物のまち・燕三条の経済と、そこでものづくりを支える県内最大の信金の姿が浮かぶ。新潟県の他の金融機関は、長岡の長岡信用金庫、新発田の新発田信用金庫、県内最大の地銀第四北越銀行もあわせてどうぞ。預貸率という数字の読み方については、預貸率の読み方へ。新潟県の他の金融機関と並べて眺めたい方は、新潟県の地域金融機関のページへ。

三条信用金庫と融資のはなし

三条信用金庫は、金物のまち・燕三条に根ざし、県内最大の体力でものづくりの中小に深く貸す信用金庫です。地元の事業者に貸す信金とどう付き合うか、口座づくりから与信の考え方まで、知っておきたい銀行取引の基礎をまとめました。

預貸率とは 預貸率(よたいりつ)とは、金融機関の貸出金残高を預金残高で割った比率。預かった資金のうち、どれだけを貸出に回しているかを示す。ものづくりの中小が集積する地域では、信金は景気の波を受けやすい製造業に深く貸すため、不良債権比率がやや高めに出ることがある。それを厚い自己資本で引き受ける構えは、地域の産業を支える信金の体力の表れだ。自己資本比率や不良債権比率とあわせて見ることで、その姿が立体的に見えてくる。 → くわしくは「預貸率の読み方

執筆・監修:燧徹史(¥Today 編集責任者)

出典:預金・貸出金・預貸率・自己資本比率・不良債権比率・店舗数=金融庁「中小・地域金融機関情報一覧」令和7年3月末(信用金庫の計数は百万円単位を億円に換算。預貸率は貸出金÷預金で算出)。長岡信用金庫・新潟信用金庫・柏崎信用金庫の数値も同出典。
沿革(1899年12月25日に三條町の福昌寺で「三條成産信用組合」の設立総会が開かれたこと、1901年に「有限責任三条成産信用組合」として設立登記したこと、1951年10月に信用金庫法に基づき三條信用金庫となったこと、本店が三条市にあること、略称が「さんしん」であること、新潟県内最大の信用金庫であること、1959年に燕市へ初の市外店舗を開設したこと、2024年で創業125年であること)=三条信用金庫および各種公開情報にもとづく。
三条・燕三条の地理・歴史(三条市、燕市、燕三条、信濃川、五十嵐川、和釘、鍛冶、金属加工、刃物、作業工具、金属洋食器、ものづくり集積地)に関する記述=各種公開情報・歴史的事実。

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