新発田信用金庫——城下町・新発田で、しばしんは厚い資本を抱えて何に貸すか
預貸率44.2%、預金894億円、自己資本比率18.84%、不良債権比率7.03%。新潟県新発田市に本店を置く新発田信用金庫。溝口氏の城下町・新発田に根ざし、厚い資本を抱える信金が何に貸すのか。同じ新潟の信金と比べながら、その数字と歴史を読む。
新潟県の新発田市に本店を置く新発田信用金庫は、預金894億円を持つ信用金庫だ。店舗8。地元で「しばしん」「しばたしんきん」と呼ばれ、新発田市内に5店、新潟市内に3店を展開する。溝口氏の城下町・新発田に根ざす信金だ。
本拠の新発田市は、新潟県の北東部、阿賀野川と加治川にはさまれた越後平野の穀倉地帯に位置する。溝口氏六万石の城下町として栄え、新発田城(菖蒲城)の三階櫓や表門が、いまも往時の面影を伝える。市島酒造や王紋酒造といった造り酒屋が並ぶ酒どころでもあり、月岡温泉を擁する観光のまちでもある。米と酒、城と温泉——そうした越後北部の地に、新発田信用金庫は根ざし、地域の中小事業者と住民に貸してきた。2024年(令和6年)には創立100周年を迎えている。
この信金の数字を見ると、自己資本比率18.84%という厚さが目を引く。預金894億円という規模に対し、資本を手厚く積んでいる。預貸率は44.2%で、預金の半分弱を貸出に回している。城下町の小さな信金は、なぜこれほど資本を厚く保つのか。同じ新潟の信金とも比べながら、数字を読みにいく。
数字を並べてみる
まず、絶対値から。新発田信用金庫の預金は894億円、貸出金は395億円。預貸率は44.2%で、預金の半分弱を貸出に回している。自己資本比率は18.84%、不良債権比率は7.03%。店舗数は8。
同じ新潟県の信金と比べてみる。県都・新潟を地盤とする新潟信用金庫(預貸率51.4%・預金2,979億円)、村上を地盤とする村上信用金庫(預貸率43.3%・自己資本比率21.15%)、上越の上越信用金庫(預貸率33.7%)と並べると、新発田信用金庫の預貸率44.2%は、新潟の信金のなかでは中位だ。預金規模894億円は小さめだが、自己資本比率18.84%という厚さは、村上信金(21.15%)に次ぐ高水準。新潟県北部の信金は総じて資本を厚く積む傾向があり、新発田もその一つだ。一方で不良債権比率7.03%はやや高めで、地域の事業の浮き沈みを引き受けてきたことをうかがわせる。厚い資本は、その備えでもあると読める。
| 新発田信用金庫 | 新潟信用金庫 | 村上信用金庫 | 上越信用金庫 | |
|---|---|---|---|---|
| 本店 | 新発田市 | 新潟市 | 村上市 | 上越市 |
| 預貸率 | 44.2% | 51.4% | 43.3% | 33.7% |
| 自己資本比率 | 18.84% | 15.46% | 21.15% | 13.04% |
| 不良債権比率 | 7.03% | 2.32% | 6.86% | 6.51% |
いずれも新潟県の信金。新発田は預貸率は中位だが、自己資本比率は村上に次いで厚い。県北の信金に共通する手厚い資本を映す。
新発田町信用組合から——新発田信用金庫の歩み
新発田信用金庫は、1924年(大正13年)7月、産業組合法に基づき「有限責任新発田町信用組合」として設立された。1943年(昭和18年)に市街地信用組合法による新発田町信用組合に改組し、その後の名称変更を経て、1953年(昭和28年)6月、信用金庫法により新発田信用金庫へ組織変更した。本店は新発田市中央町に置かれ、新発田市内と新潟市内に店舗を構えている。2024年(令和6年)には創立100周年を迎えた。設立の翌1935年(昭和10年)には新発田大火に見舞われ、多くの組合員が被災するなかで罹災者への貯金の臨時払いを実施するなど、地域とともに幾多の試練を乗り越えてきた。
米と酒の城下町・新発田という土地は、信用金庫にとって独特の地盤だ。越後平野の穀倉地帯と造り酒屋、月岡温泉の観光、そして地場の中小商工業——堅実だが、大型の資金需要が次々と生まれる土地ではない。預金は地域から着実に集まっても、それを吸収するだけの大型の貸出先は限られる。だから貸出は預金の半分弱にとどまり、その分、資本を厚く積む。自己資本比率18.84%という厚さは、無理に貸さず、地域とともに健全であろうとする県北の信金らしい堅実さの表れだと読める。不良債権比率7.03%というやや高めの数字は、地方都市の事業の浮き沈みを地道に引き受けてきたことを映しており、厚い資本はそれに耐えるための備えでもあると読める。
44.2%を、城下町から読む
新発田信用金庫の預貸率44.2%という中位の水準と、自己資本比率18.84%という厚さの組み合わせは、米と酒の城下町・新発田で、地域の身の丈に合った貸出に徹しながら、資本を厚く積んできたことの表れだと読める。預金は着実に集まっても、貸出は預金の半分弱。残りを運用と資本の備えに回す。
新潟県北部の信金は、村上信金にせよ新発田信金にせよ、総じて資本を厚く積む傾向がある。これは、人口減少が進む地方都市で、無理に貸出を伸ばすより、健全性を保って地域とともに生き残ろうとする姿勢の表れだと読める。厚い資本を抱えて、堅実に地域を支える——その県北らしい生き方が、新発田信金の数字に表れている。創立100周年を超えて、しばしんは城下町とともに歩んでいる。預貸率という数字をどう読むかについては、預貸率の読み方もあわせてどうぞ。
新潟の経済とともに
新発田信用金庫の数字は、溝口氏の城下町・新発田という土地と、創立100年を超えて堅実に歩んできた歴史の、両方を映している。米と酒の越後北部に根ざし、地域の身の丈に合った貸出に徹しながら、厚い資本を積んで健全性を保ってきた。大型の資金需要が乏しい城下町の土地柄が、44.2%という中位の預貸率と、18.84%という厚い自己資本に表れている。
銀行や信用金庫の数字は、その土地の経済と、その金融機関の生き方を映す鏡だ。新発田信用金庫を見れば、米と酒の城下町・新発田の経済と、そこで厚い資本を抱えて堅実に貸す信金の姿が浮かぶ。新潟県の他の金融機関は、県都の新潟信用金庫、村上の村上信用金庫、上越の上越信用金庫、県内最大の地銀第四北越銀行、第二地銀の大光銀行もあわせてどうぞ。預貸率という数字の読み方については、預貸率の読み方へ。新潟県の他の金融機関と並べて眺めたい方は、新潟県の地域金融機関のページへ。
新発田信用金庫は、溝口氏の城下町・新発田に根ざし、厚い資本を抱えて堅実に貸す信用金庫です。地元の事業者に貸す信金とどう付き合うか、口座づくりから与信の考え方まで、知っておきたい銀行取引の基礎をまとめました。
執筆・監修:燧徹史(¥Today 編集責任者)
出典:預金・貸出金・預貸率・自己資本比率・不良債権比率・店舗数=金融庁「中小・地域金融機関情報一覧」令和7年3月末(信用金庫の計数は百万円単位を億円に換算。預貸率は貸出金÷預金で算出)。新潟信用金庫・村上信用金庫・上越信用金庫の数値も同出典。
沿革(1924年7月に「有限責任新発田町信用組合」として設立されたこと、1953年6月に信用金庫法により新発田信用金庫へ組織変更したこと、本店が新発田市中央町にあること、新発田市内5店・新潟市内3店を展開すること、2024年に創立100周年を迎えたこと、1935年の新発田大火で被災したこと)=新発田信用金庫および各種公開情報にもとづく。
新発田の地理・歴史(新発田市、溝口氏の城下町、新発田城、越後平野、造り酒屋、月岡温泉)に関する記述=各種公開情報・歴史的事実。
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