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沖縄銀行——財界が手づくりした銀行は、島で何に貸すか

預貸率72.2%、預金2.7兆円。那覇市に本店を置く沖縄銀行「おきぎん」。米軍統治下の1956年、地元財界の実力者たちが純民間資本で設立した地銀が、観光と基地の島で貸す姿を読みます。

ニホン銀行紀行 ・ 沖縄県

沖縄県那覇市久茂地に本店を置く沖縄銀行は、地元で「おきぎん」「沖銀」と呼ばれる地方銀行です。預金2兆7,070億円、貸出金1兆9,552億円、店舗65。沖縄県を代表する地銀のひとつで、預金・貸出ともに県内シェアは高い水準にあります。県の指定金融機関を、もう一つの地銀である琉球銀行とともに隔年で受託してきました。本州に店舗を持たず、東京以外の店舗はすべて沖縄県内に置く、文字どおり島の銀行です。

本拠地の沖縄県は、観光を最大の産業とし、在日米軍基地を抱え、本土とは異なる戦後史を歩んできた土地です。第二次大戦後、沖縄はアメリカの統治下に置かれ、通貨もドルが使われていました。1972年の本土復帰を経て、いまも観光・サービス業を中心に、建設、小売、そして米軍関連の経済が複雑に重なり合っています。この独特の歴史と経済が、沖縄銀行の数字を読む鍵になります。

沖縄銀行の成り立ちには、沖縄ならではの事情が刻まれています。1956年(昭和31年)6月、國場幸太郎(國場組創業者)、大城鎌吉(大城組創業者)ら、地元財界の実力者たちの主導によって、純然たる民間資本の市中銀行として設立されました。当時の沖縄はまだアメリカ統治下にあり、地銀協加盟行のなかでは新しい年代の設立にあたります。1971年には南陽相互銀行と合併し、本土復帰の前年に経営基盤を固めました。2021年にはおきなわフィナンシャルグループを設立し、持株会社体制へ移行しています。数字の面で目を引くのは、預貸率72.2%という、しっかりと貸す水準です。

まず、数字を並べる

沖縄銀行の預金は2兆7,070億円、貸出金は1兆9,552億円、預貸率72.2%。自己資本比率は10.52%、不良債権比率は1.47%。中小企業等向けの貸出残高は1兆5,978億円にのぼります。

沖縄銀行(令和7年3月末)
預金2兆7,070億円
貸出金1兆9,552億円
預貸率72.2%
自己資本比率10.52%
不良債権比率1.47%
中小企業等向け貸出残高15,978億円
店舗65店

預金2.7兆円・預貸72.2%。本州に店舗を持たず、島の中で貸す地銀の数字。

72.2%を、島という閉じた市場から読む

預貸率72.2%は、地方銀行としてしっかりと貸している水準です。集めた預金の7割以上を貸出に回している。注目すべきは、沖縄銀行が東京を除けば店舗をすべて沖縄県内に置き、ほぼ島の中だけで貸しているという点です。隣県に貸し先を広げることのできない離島県の地銀が、これだけの預貸率を保っているのは、沖縄経済そのものに資金需要があることの表れと読めます。

その資金需要を生んでいるのは、まず観光業です。ホテル、飲食、小売、レンタカー、土産物——観光を軸とするサービス業に、設備投資と運転資金の需要が絶えません。加えて、人口が増加してきた数少ない県として住宅・建設の需要も厚く、米軍基地に関連する経済も独特の資金の流れを生みます。島という閉じた市場のなかに、観光を中心とする旺盛な資金需要がある——この構造が、本州に出ていかずとも預貸率72.2%を保てる背景にあると読めます。中小企業等向けの貸出残高1兆5,978億円という規模は、島の事業者の資金需要を広く引き受けてきた証です。

不良債権比率1.47%は、地銀として低めの良好な水準です。観光を軸とする経済は景気や災害、感染症の影響を受けやすい一方、沖縄銀行は長年の取引で島の事業者を知り抜いており、その目利きが低い焦げ付きに表れていると読めます。自己資本比率10.52%という相応の厚みとあわせて、島の中で手堅く貸す姿がうかがえます。もちろん、これらの比率には経営方針や景気も絡むため断定はできませんが、本州に出ない離島県の地銀という条件を抜きに、この数字は読めません。

沖縄銀行が示すのは、離島県の地銀が、島という閉じた市場のなかで貸す姿です。隣県に出ていけないかわりに、観光を軸とする旺盛な資金需要が島の中にある。預貸率72.2%という水準は、その沖縄経済の厚みを映していると読めます。

もう一つの沖縄の地銀と並べてみる

本紀行には、沖縄のもう一つの地銀も登場しています。琉球銀行です。琉球銀行は、米軍統治下の1948年に中央銀行的な特殊銀行として設立されたという、沖縄ならではの出自を持っていました。地元財界が純民間資本で設立した沖縄銀行(1956年)と、米軍政府が出資して設立された琉球銀行(1948年)——二つの地銀の生まれ方の違いそのものが、戦後の沖縄が歩んだ特殊な歴史を映しています。同じ島で県を二分するライバルの姿は、琉球銀行の記事もあわせてどうぞ。県内で唯一の信用金庫であるコザ信用金庫もあります。

借り手にとっての意味

県を代表する地銀は、沖縄の事業者にとって、もっとも身近で頼れる選択肢のひとつです。島の経済を知り抜いた目利きと、県内に張りめぐらせた店舗網は、観光やサービス業を営む事業者にとって心強いものです。預貸率は貸出への姿勢の表れとも読めますが、それが個別の融資の可否を保証するものではありません。預貸率という数字の読み方は、預貸率の読み方であらためて整理しています。

数字は、島の歴史と経済を映す

預貸率72.2%という水準は、米軍統治下に地元財界が手づくりした地銀が、本州に出ることなく、観光を軸とする島の経済に貸し続けてきた姿を映しています。隣県に活路を求める地銀もあれば、沖縄銀行のように島の中で完結する地銀もある。数字は、その金融機関がどんな歴史を背負い、どんな土地に向き合ってきたかを語ります。沖縄銀行の数字は、本土とは異なる戦後を歩んだ島の銀行の、いまの記録です。

各地の金融機関には、それぞれの土地と歴史の事情が刻まれた、それぞれの生き方があります。沖縄県の他の金融機関とあわせて眺めたい方は、沖縄県の地域金融機関のページもどうぞ。

預貸率とは 預貸率(よたいりつ)とは、金融機関の貸出金残高を預金残高で割った比率。預かった資金のうち、どれだけを貸出に回しているかを示す。預貸率が低い金融機関は、相対的に融資先を求めている可能性をうかがう一つの目安になる。ただし、有価証券運用を主体とする金融機関は、預貸率が低くても融資に積極的とは限らない。 → くわしくは「預貸率の読み方

執筆・監修:燧徹史(¥Today 編集責任者)

出典:預金・貸出金・預貸率・自己資本比率・不良債権比率・中小企業等向け貸出残高=金融庁「中小・地域金融機関情報一覧」令和7年3月末(預貸率は貸出金÷預金で算出)。
沖縄銀行の沿革(1956年6月に國場幸太郎・大城鎌吉ら地元財界の主導で純民間資本の市中銀行として設立、1971年に南陽相互銀行と合併、2021年におきなわフィナンシャルグループを設立して持株会社体制へ移行)、本店所在地(那覇市久茂地)、東京以外の店舗をすべて沖縄県内に置くこと、県の指定金融機関を琉球銀行と隔年で受託することに関する記述=沖縄銀行および各種公開情報にもとづく。
沖縄県の経済・歴史(観光産業、米軍基地、米軍統治と本土復帰)に関する記述=各種公開情報。
琉球銀行・コザ信用金庫の位置づけ=各種公開情報および本紀行既出記事。

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