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敦賀信用金庫——大陸への玄関口・敦賀で、つるしんは何に貸すか

預貸率30.7%、預金1,547億円、自己資本比率13.03%、不良債権比率5.61%。福井県敦賀市に本店を置く敦賀信用金庫。古来「大陸への玄関口」として栄えた港町・敦賀で、預金の3割しか貸さない信金が、なぜそうなるのか。同じ福井の信金と比べながら、その数字と歴史を読む。

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福井県の敦賀市に本店を置く敦賀信用金庫は、預金1,547億円を持つ信用金庫だ。店舗8。愛称は「つるしん」。敦賀市と、旧三方郡(美浜町・若狭町の一部)の嶺南東部地域に店舗を構える信金だ。本拠の敦賀市は、福井県の南部・嶺南地方の中心都市であり、古来「大陸への玄関口」として栄えた港町だ。

本拠の敦賀は、歴史の深い港町だ。日本海に面した天然の良港・敦賀港は、古くは北前船の寄港地として、近代には欧亜国際連絡列車の発着地として、大陸とヨーロッパへ向かう日本の玄関口の役割を担った。戦前にはユダヤ難民が敦賀港に上陸した「人道の港」の歴史も持つ。いまは原子力発電所が立地するエネルギーの town であり、2024年には北陸新幹線が敦賀まで延伸して新たな結節点となった。嶺南東部の中核ではあるが、人口規模はそれほど大きくない。敦賀信用金庫は、こうした歴史ある港町・敦賀に根ざしてきた信金だ。

この信金の数字で最も目を引くのは、預貸率30.7%という低さだ。預金1,547億円に対し、貸出金は476億円。預かったお金の3割ほどしか貸していない。一方で自己資本比率は13.03%と厚い。なぜ、歴史ある港町の信金が、これほど貸さないのか。同じ福井県の信金とも比べながら、数字を読みにいく。

数字を並べてみる

まず、絶対値から。敦賀信用金庫の預金は1,547億円、貸出金は476億円。預貸率は30.7%で、預金の3割ほどしか貸出に回していない。自己資本比率は13.03%、不良債権比率は5.61%。店舗数は8。

同じ福井県の信金と比べてみる。県都・福井市を地盤とする福井信用金庫(預貸率46.5%・自己資本16.34%)、大野市の越前信用金庫(預貸率22.6%・自己資本17.03%)、若狭の小浜信用金庫(預貸率35.1%・自己資本23.98%)と並べると、福井県の信金はおしなべて預貸率が低いことが分かる。県全体に「貸すより守る」傾向が強く、敦賀信用金庫の30.7%もそのなかにある。嶺南東部という人口規模の限られた商圏では、大きな資金需要が乏しく、貸出は預金ほどには伸びない。一方で自己資本比率13.03%は厚く、貸出を絞り、資本を保つ守りの財務だ。不良債権比率5.61%はやや高めで、限られた商圏での貸出に一定の難しさがあることもうかがわせる。

福井県の信用金庫(令和7年3月末)
 敦賀信用金庫福井信用金庫小浜信用金庫
本店敦賀市福井市小浜市
預貸率30.7%46.5%35.1%
自己資本比率13.03%16.34%23.98%
不良債権比率5.61%5.29%7.13%

いずれも福井県の信金。県全体に預貸率が低めで、敦賀の30.7%もそのなかにある。

敦賀信用組合から——敦賀信用金庫の歩み

敦賀信用金庫は、1932年(昭和7年)8月22日に「有限責任敦賀信用組合」として設立された。1948年(昭和23年)4月に市街地信用組合へ転換・改組し、1952年(昭和27年)1月、信用金庫に転換して敦賀信用金庫となった。本店は敦賀市本町に置かれ、敦賀市と旧三方郡を中心とした嶺南東部に根ざしてきた。「この地域とともに」を経営理念に掲げ、2007年(平成19年)には福井県との間で「環境協定」を締結、2019年(平成31年)には本店営業部で北陸三県の信用金庫として初めて土日営業を開始するなど、地域に密着した独自の取り組みを続けている。

歴史ある港町・敦賀という土地は、信用金庫にとって独特の地盤だ。大陸への玄関口として栄えた歴史を持つが、いまの嶺南東部は人口規模がそれほど大きくなく、巨大な工業集積や商業集積があるわけでもない。預金は地域から集まるが、それを吸収するだけの大きな資金需要は乏しい。だから貸出は預金ほどには伸びず、預貸率は3割という低い水準にとどまる。これは、貸す相手がいないというより、地域の身の丈に合った貸出に徹し、無理に貸さない守りの経営の表れだと読める。自己資本比率13.03%という厚さは、その守りの姿勢を裏づけている。福井県全体が「貸すより守る」傾向を持つなか、敦賀信用金庫もまた、豊富な預金を慎重に運用し、地域の安心を支える信金として歩んできたと読める。

30.7%を、港町から読む

敦賀信用金庫の預貸率30.7%という低さは、人口規模の限られた嶺南東部で、地域の身の丈に合った貸出に徹してきたことの表れだと読める。大陸への玄関口として栄えた歴史を持つ港町だが、いまの商圏では大きな資金需要は乏しく、預金は集まっても貸出は預金ほどには伸びない。

そのうえで、自己資本比率13.03%という厚さが共存していることが、この信金の性格を物語る。貸出を絞り、資本を厚く保ち、豊富な預金を慎重に運用する。無理に貸さず、地域とともに健全であろうとする守りの経営——その姿勢が、30.7%という低い預貸率と、13.03%という厚い資本に表れていると読める。預貸率が低いこと自体は、その信金が悪いことを意味しない。土地の経済が大型の資金需要を生まないとき、貸出を絞って資本を守ることは、ひとつの堅実な選択だ。福井県の信金がおしなべて預貸率が低いことも、この土地柄を映していると読める。預貸率という数字をどう読むかについては、預貸率の読み方もあわせてどうぞ。

福井の経済とともに

敦賀信用金庫の数字は、大陸への玄関口として栄えた港町・敦賀という土地と、そこで貸出を絞りながら資本を守ってきた信金の生き方の、両方を映している。地域の身の丈に合った貸出に徹し、厚い資本を保ちながら、嶺南東部の暮らしを支えてきた。人口規模の限られた商圏という土地柄が、30.7%という低い預貸率に表れている。

銀行や信用金庫の数字は、その土地の経済と、その金融機関の生き方を映す鏡だ。敦賀信用金庫を見れば、歴史ある港町・敦賀の経済と、そこで守りの経営に徹する信金の姿が浮かぶ。福井県の他の金融機関は、福井市の福井信用金庫、大野市の越前信用金庫、若狭の小浜信用金庫、県内最大の地銀福井銀行もあわせてどうぞ。預貸率という数字の読み方については、預貸率の読み方へ。福井県の他の金融機関と並べて眺めたい方は、福井県の地域金融機関のページへ。

敦賀信用金庫と融資のはなし

敦賀信用金庫は、歴史ある港町・敦賀に根ざした信用金庫です。地元の事業者に貸す信金とどう付き合うか、口座づくりから与信の考え方まで、知っておきたい銀行取引の基礎をまとめました。

預貸率とは 預貸率(よたいりつ)とは、金融機関の貸出金残高を預金残高で割った比率。預かった資金のうち、どれだけを貸出に回しているかを示す。3割という低い水準は、土地に大きな資金需要が乏しいことや、貸出を絞って資本を守る経営の表れであることが多い。低いこと自体は良し悪しを意味せず、自己資本比率とあわせて見ることで、その信金の姿が見えてくる。 → くわしくは「預貸率の読み方

執筆・監修:燧徹史(¥Today 編集責任者)

出典:預金・貸出金・預貸率・自己資本比率・不良債権比率・店舗数=金融庁「中小・地域金融機関情報一覧」令和7年3月末(信用金庫の計数は百万円単位を億円に換算。預貸率は貸出金÷預金で算出)。福井信用金庫・小浜信用金庫の数値も同出典。
沿革(1932年8月22日に「有限責任敦賀信用組合」として設立、1948年4月に市街地信用組合へ転換・改組、1952年1月に信用金庫に転換して敦賀信用金庫となったこと、本店が敦賀市本町にあること、愛称が「つるしん」であること、「この地域とともに」を経営理念とすること、2007年に福井県と環境協定を締結、2019年に北陸三県の信金で初の土日営業を本店営業部で開始したこと)=敦賀信用金庫および各種公開情報にもとづく。
敦賀の地理・歴史(敦賀市、敦賀港、嶺南、北前船の寄港地、欧亜国際連絡列車、大陸への玄関口、ユダヤ難民が上陸した「人道の港」、原子力発電所の立地、2024年の北陸新幹線敦賀延伸)に関する記述=各種公開情報・歴史的事実。

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