さがみ信用金庫——震災復興と報徳の小田原で、何に貸すか
預貸率41.6%、預金8,799億円、自己資本比率9.65%、不良債権比率4.97%。神奈川県小田原市に本店を置く県西部最大の金融機関・さがみ信用金庫。関東大震災の復興と二宮尊徳の報徳の教えに始まる信金が、何に貸すのか。同じ神奈川の信金と比べながら、その数字と歴史を読む。
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神奈川県の小田原市に本店を置くさがみ信用金庫は、預金8,799億円を持つ県西部最大の金融機関だ。店舗33。小田原市・南足柄市・秦野市・平塚市から、足柄上郡・足柄下郡、そして箱根・湯河原・真鶴まで、神奈川県西部を広く地盤とする。関東大震災の復興と、二宮尊徳の報徳の教えに始まる信金だ。
本拠の小田原市は、神奈川県の西端、相模湾に面した城下町だ。北条氏の小田原城で知られ、東海道の宿場町として、また箱根の玄関口として栄えた。背後には箱根の山々と丹沢があり、相模湾では漁業が、山あいでは林業や農業が営まれる。さがみ信金が地盤とする県西部は、農林水産業の比率が高いのが特徴だ。さらに、箱根・湯河原・真鶴という全国有数の観光地を抱える。さがみ信用金庫は、こうした城下町・小田原を中心とする県西部に根ざし、地域の中小事業者、農林水産業者、観光業者、そして住む人々に貸してきた。県西部では「なくてはならない存在」を掲げる、最大の地域金融機関だ。
この信金の数字を見ると、預貸率41.6%という低めの水準が目を引く。預金8,799億円という大きな規模を持ちながら、貸出は4割強にとどまる。県西部最大の信金は、何に貸しているのか。同じ神奈川の信金とも比べながら、数字を読みにいく。
数字を並べてみる
まず、絶対値から。さがみ信用金庫の預金は8,799億円、貸出金は3,665億円。預貸率は41.6%で、預金の4割強を貸出に回している。自己資本比率は9.65%、不良債権比率は4.97%。店舗数は33。預金規模は神奈川県西部で最大だ。
同じ神奈川県の信金と比べてみる。平塚の平塚信用金庫(預貸率43.1%・自己資本比率10.58%)、秦野の中栄信用金庫(預貸率38.5%・自己資本比率17.76%)、横須賀の湘南信用金庫(預貸率58.3%)と並べると、さがみ信用金庫の預貸率41.6%は、神奈川の信金のなかでも低めだ。同じ県西~湘南エリアの平塚・中栄も4割前後で、横須賀の湘南信金が5割台で貸すのとは対照的だ。これは、地盤の県西部が、農林水産業や観光業を中心とし、人口も都市部ほど密ではないため、大型の事業性資金需要が乏しいことの表れだと読める。預金は県西部全域から集まるが、貸出は手堅くとどまる。自己資本比率9.65%は、県西部最大の規模を持つ信金としてはやや薄めで、その分、地域に広く根を張る量的な厚みで存在感を保っているとも読める。
| さがみ信用金庫 | 平塚信用金庫 | 中栄信用金庫 | 湘南信用金庫 | |
|---|---|---|---|---|
| 本店 | 小田原市 | 平塚市 | 秦野市 | 横須賀市 |
| 預貸率 | 41.6% | 43.1% | 38.5% | 58.3% |
| 自己資本比率 | 9.65% | 10.58% | 17.76% | 6.54% |
| 不良債権比率 | 4.97% | 6.02% | 3.77% | 5.3% |
いずれも神奈川県の信金。さがみは預金8,799億円で県西部最大。農林水産業や観光を地盤とし、預貸率は低めにとどまる。
関東大震災の復興から——さがみ信用金庫の歩み
さがみ信用金庫の歴史は、災害からの復興に始まる。1923年(大正12年)9月の関東大震災で、小田原地域は壊滅的な被害を受けた。その復興を目指し、二宮尊徳の報徳の教えを基に、1925年(大正14年)10月20日、「有限責任小田原信用購買組合」が営業を開始した。翌1926年には「有限責任小田原報徳信用組合」に改組し、報徳の精神を名に刻んだ。戦後の改組を経て、1952年(昭和27年)に「小田原信用金庫」となり、1992年(平成4年)9月、足柄信用金庫と合併して「さがみ信用金庫」に名称を変更した。その後、箱根信用金庫との合併、西相信用金庫からの事業譲受を重ね、県西部における最大の金融機関へと育った。本店は小田原市に置かれ、金融機関コードは1288。小田原市の指定金融機関を横浜銀行・スルガ銀行と輪番で務め、2025年(令和7年)10月25日に創立100周年を迎える。
城下町・小田原を中心とする県西部という土地は、信用金庫にとって独特の地盤だ。農林水産業の比率が高く、箱根・湯河原・真鶴という観光地を抱え、都市部のような大型の資金需要は乏しい。だから預貸率は4割強にとどまる。だが、さがみ信金は「地域を復興させること」を設立趣旨に掲げ、100年間を歩んできた。報徳の教え——勤労・分度・推譲という二宮尊徳の思想は、地域への貢献を信金の根幹に据えてきた。近年は、コロナ禍以降に県西エリアへ移住して創業する人が増えるなか、創業支援に力を入れ、2023年度は75件の創業支援を行ったという。預貸率41.6%という低めの水準は、農林水産業と観光の地で手堅く貸してきたことの表れだ。自己資本比率9.65%というやや薄い資本は、県西部全域に広く根を張り、量的な存在感で地域を支える姿の裏返しでもある。震災復興と報徳に始まる信金が、いまも地域とともにある。
41.6%を、報徳の地から読む
さがみ信用金庫の預貸率41.6%という低めの水準は、農林水産業と観光を中心とする県西部で、大型の資金需要が乏しいなか、地域に手堅く貸してきたことの表れだと読める。預金8,799億円という県西部最大の規模を集めながら、貸出は4割強。横須賀の湘南信金が5割台で貸すのとは対照的に、さがみは手堅さを保つ。
そのうえで、関東大震災の復興と報徳の教えに始まったという歴史が、この信金の性格を物語る。「地域を復興させること」を設立趣旨に掲げ、100年にわたって県西部とともに歩んできた。創業支援にも力を入れ、移住して新たに事業を始める人を支える。報徳の地で、地域の暮らしと産業に手堅く貸し続ける——その姿勢が、41.6%という預貸率と、県西部最大という規模に表れていると読める。震災復興と報徳の小田原で、さがみ信金は神奈川県西部の経済とともに歩んでいる。預貸率という数字をどう読むかについては、預貸率の読み方もあわせてどうぞ。
神奈川の経済とともに
さがみ信用金庫の数字は、城下町・小田原を中心とする県西部という土地と、関東大震災の復興と報徳の教えに始まり100年を歩んできた歴史の、両方を映している。農林水産業と観光の地で手堅く貸しながら、県西部全域に広く根を張ってきた。県西部という土地柄と、地域復興を掲げる設立の精神が、41.6%という低めの預貸率と、県西部最大という規模に表れている。
銀行や信用金庫の数字は、その土地の経済と、その金融機関の生き方を映す鏡だ。さがみ信用金庫を見れば、城下町・小田原の経済と、そこで報徳の精神を受け継ぐ県西部最大の信金の姿が浮かぶ。神奈川県の他の金融機関は、平塚の平塚信用金庫、秦野の中栄信用金庫、横須賀の湘南信用金庫、川崎の川崎信用金庫、横浜の横浜信用金庫もあわせてどうぞ。預貸率という数字の読み方については、預貸率の読み方へ。神奈川県の他の金融機関と並べて眺めたい方は、神奈川県の地域金融機関のページへ。
さがみ信用金庫は、震災復興と報徳の教えに始まり、農林水産業と観光の県西部に手堅く貸す、県西部最大の信用金庫です。地元の事業者に貸す信金とどう付き合うか、口座づくりから与信の考え方まで、知っておきたい銀行取引の基礎をまとめました。
執筆・監修:燧徹史(¥Today 編集責任者)
出典:預金・貸出金・預貸率・自己資本比率・不良債権比率・店舗数=金融庁「中小・地域金融機関情報一覧」令和7年3月末(信用金庫の計数は百万円単位を億円に換算。預貸率は貸出金÷預金で算出)。平塚信用金庫・中栄信用金庫・湘南信用金庫の数値も同出典。
沿革(1923年9月の関東大震災が契機であること、二宮尊徳の報徳の教えを基にしたこと、1925年10月20日に「有限責任小田原信用購買組合」が営業を開始したこと、1926年に「有限責任小田原報徳信用組合」に改組したこと、1952年に小田原信用金庫となったこと、1992年9月に足柄信用金庫と合併しさがみ信用金庫に名称変更したこと、箱根信用金庫との合併・西相信用金庫からの事業譲受を経たこと、県西部最大の金融機関であること、本店が小田原市にあること、金融機関コードが1288であること、小田原市の指定金融機関を横浜銀行・スルガ銀行と輪番で務めること、2025年10月25日に創立100周年を迎えること、2023年度に75件の創業支援を行ったこと)=さがみ信用金庫およびタウンニュース等の各種公開情報にもとづく。
小田原・県西部の地理・歴史(小田原市、小田原城、北条氏、東海道、相模湾、箱根、丹沢、湯河原、真鶴、農林水産業、観光、二宮尊徳、報徳)に関する記述=各種公開情報・歴史的事実。
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