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七島信用組合——伊豆諸島で唯一の信組は、島で何に貸すか

預貸率43.2%、預金1,214億円、自己資本比率12.15%、不良債権比率4.78%。東京都大島町(伊豆大島)に本店を置く七島信用組合。伊豆諸島・小笠原で島民の暮らしを支える「島の生命線」が、何に貸すのか。同じ東京の信用組合と比べながら、その数字と歴史を読む。

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東京都の大島町——伊豆大島に本店を置く七島信用組合は、預金1,214億円を持つ信用組合だ。店舗7。地元では「しちしん」と呼ばれる。同じ東京都の信用組合でありながら、その地盤はビル街でも下町でもない。伊豆諸島と小笠原諸島——太平洋に点在する島々が、この信用組合の営業区域だ。

営業区域となる島しょ地区は、伊豆大島から、新島、神津島、三宅島、八丈島、そしてはるか南の小笠原・父島まで広がる。七島信用組合は、新島村・神津島村・三宅村・八丈町・小笠原村の指定金融機関を受託し、本店のある大島をはじめ各島に支店を構える。注目すべきは、その存在の重さだ。神津島・新島・三宅島では郵便局以外で唯一、小笠原・父島でも郵便局やJAバンク・JFマリンバンク以外では唯一の金融機関——つまり、銀行系のサービスを島で使える、ほぼ唯一の窓口である。島の漁業・観光・商い、そして島民の暮らしの資金は、この信用組合を通っていく。まさに「島の生命線」と呼ぶべき金融機関だ。

この信組の数字で目を引くのは、預貸率43.2%という水準だ。預金の4割強を貸出に回している。なぜ、島で唯一の信組は、こうした数字になるのか。その特異な成り立ちとともに、数字を読みにいく。

数字を並べてみる

まず、絶対値から。七島信用組合の預金は1,214億円、貸出金は524億円。預貸率は43.2%で、預金の4割強を貸出に回している。自己資本比率は12.15%、不良債権比率は4.78%。店舗数は7、中小企業等への貸出残高は516億円、貸出先は2千件を超える。

同じ東京都を地盤とする信用組合と比べてみる。新宿の大東京信用組合(預貸率49.9%)や、下町の中ノ郷信用組合(預貸率49.6%)と並べると、七島信用組合の預貸率43.2%はやや低い。だが、この数字を都心の信組と同じものさしで測ることはできない。島しょ地区では、貸す相手——事業者の数そのものに、地理的な限りがある。島で唯一の金融機関として島民の預金を一手に集める一方、貸出先は島の漁業・観光・商いに限られる。集めた預金を島内で貸しきることは難しく、預貸率は4割台に落ち着く。残りは有価証券などの運用に向かい、それが自己資本比率12.15%という厚みも支えていると読める。

東京都の信用組合(令和7年3月末)
 七島信用組合大東京信用組合中ノ郷信用組合
本店大島町新宿区墨田区
地盤伊豆諸島・小笠原都心下町
預金1,214億円6,614億円2,026億円
預貸率43.2%49.9%49.6%
自己資本比率12.15%10.69%10.66%
不良債権比率4.78%2.94%7.79%

島で唯一の金融機関として預金を一手に集める一方、貸出先は島の産業に限られる。預貸率がやや低く、自己資本が厚いのは、その島しょ地区ならではの事情を映している。

島々とともに——七島信用組合の歩み

七島信用組合の歩みは、島しょ地区の金融を島民自身で支えようとした歴史そのものだ。かつて伊豆諸島には、郵便局のほかに金融機関がほとんどなかった。1957年(昭和32年)、東京中央信用組合(後に経営破綻し、東京スター銀行が事業を譲り受けた)から島しょ地区の営業区域を譲り受け、「東京都島嶼信用組合」が設立された。島の金融を担う、島のための信用組合の誕生である。1964年(昭和39年)、現在の「七島信用組合」へと改称した。「七島」の名は、伊豆七島——大島・利島・新島・神津島・三宅島・御蔵島・八丈島と数えられてきた島々に由来する。

島で唯一の金融機関であることは、平時のみならず、非常時にこそ重みを増す。2000年(平成12年)、三宅島の噴火による全島避難に伴い、三宅島支店は休業を余儀なくされた(2005年3月まで東京に仮事務所を設置し、避難した島民の取引を支えた)。島民が島を離れても、その暮らしと資金を守り続ける——島の信用組合ならではの役割が、ここに表れている。2008年(平成20年)には本土初出店となる東京支店を開設し、島を離れて本土で暮らす島しょ出身者へのサービスにも踏み出した。「かがやく島を、私たちで」を掲げ、伊豆諸島・小笠原の地域経済の活性化に取り組んでいる。

43.2%を、島から読む

七島信用組合の預貸率43.2%という水準は、島で唯一の金融機関として島民の預金を一手に集める一方、貸出先が島の産業に限られることの表れだと読める。漁業・観光・商い——島の事業は多彩だが、その数には地理的な限りがある。集めた預金を島内で貸しきることは難しく、預貸率は4割台に落ち着く。残りは有価証券などの運用に向かう。これは島しょ地区という地盤の宿命であって、貸し渋りを意味するものではない。

不良債権比率4.78%という数字は、限られた貸出先のなかで、島の事業者の浮き沈みを引き受けてきたことを映す。自己資本比率12.15%という厚みは、その焦げ付きを吸収し、噴火や台風といった島ならではのリスクに備える力でもある。島で唯一の金融機関として、島民の暮らしと資金を、平時も非常時も守り続ける——それが、七島信用組合の数字に表れた生き方だと読める。預金の4割強を島に貸し、残りで厚い備えを保つ。離島の金融を島民自身で支える、特異で得がたい信用組合の姿がここにある。預貸率という数字をどう読むかについては、預貸率の読み方もあわせてどうぞ。

東京の経済とともに

七島信用組合の数字は、伊豆諸島・小笠原という島々と、そこで唯一の金融機関として島民を支える信組の歩みの、両方を映している。預金の4割強を島に貸し、漁業・観光・商いと島民の暮らしを支え、噴火や災害のときにも取引を守り続けてきた。太平洋に点在する島々の経済が、43.2%という預貸率と、12.15%という厚い自己資本に表れている。

銀行や信用組合の数字は、その土地の経済と、その金融機関の生き方を映す鏡だ。七島信用組合を見れば、伊豆諸島・小笠原の島の経済と、そこで唯一の金融機関として島民を支える信組の姿が浮かぶ。東京都の他の金融機関は、新宿の大東京信用組合、賀川豊彦に発する下町の中ノ郷信用組合、人を見て貸す第一勧業信用組合もあわせてどうぞ。預貸率という数字の読み方については、預貸率の読み方へ。東京都の他の金融機関と並べて眺めたい方は、東京都の地域金融機関のページへ。

七島信用組合と融資・保証のはなし

預貸率43.2%の七島信用組合は、島に根ざして島民に貸す信用組合です。借りる・備えるのどちらを考えるにしても、土台になるのは日頃の取引と信用。口座づくりから保証制度まで、どんな立場でも知っておきたい融資・銀行取引の基礎をまとめました。

預貸率とは 預貸率(よたいりつ)とは、金融機関の貸出金残高を預金残高で割った比率。預かった資金のうち、どれだけを貸出に回しているかを示す。島しょ地区のように、預金は集まるが貸出先が地理的に限られる土地では、預金を貸しきることが難しく、預貸率が4割台に落ち着くことがある。これは貸し渋りではなく地盤の事情によるもので、不良債権比率や自己資本比率とあわせて見ることで、その信組の置かれた環境が見えてくる。 → くわしくは「預貸率の読み方

執筆・監修:燧徹史(¥Today 編集責任者)

出典:預金・貸出金・預貸率・自己資本比率・不良債権比率・中小企業等向け貸出残高・貸出先件数・店舗数=金融庁「中小・地域金融機関情報一覧」令和7年3月末(信用組合の計数は百万円単位を億円に換算。預貸率は貸出金÷預金で算出)。大東京信用組合・中ノ郷信用組合の数値も同出典。
沿革・地域(大島町〈伊豆大島〉元町に本店を置き、伊豆諸島・小笠原諸島の島しょ地区を営業区域とする信用組合であること、新島村・神津島村・三宅村・八丈町・小笠原村の指定金融機関を受託していること、神津島・新島・三宅島では郵便局以外で唯一、小笠原父島でも郵便局やJAバンク・JFマリンバンク以外では唯一の金融機関であること、1957年に東京中央信用組合から島しょ地区の営業区域を譲り受けて東京都島嶼信用組合が設立され1964年に七島信用組合へ改称したこと、2000年の三宅島噴火による全島避難で三宅島支店を休業し2005年3月まで東京に仮事務所を設置したこと、2008年に本土初出店の東京支店を開設したこと、「かがやく島を、私たちで」を掲げていること)に関する記述=七島信用組合および各種公開情報にもとづく。
伊豆諸島・小笠原の地理(伊豆大島、新島、神津島、三宅島、八丈島、小笠原、父島、伊豆七島)に関する記述=各種公開情報。

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