¥Today ニホン銀行紀行

萩山口信用金庫——維新胎動の萩と西の京・山口で、二つの信金が一つになった

預貸率49.2%、預金2,029億円、自己資本比率14.34%、不良債権比率3.4%。山口県山口市に本店を置く萩山口信用金庫。維新胎動の地・萩と西の京・山口、二つの城下町の信金が合併して生まれた信金が、何に貸すのか。同じ山口の信金と比べながら、その数字と歴史を読む。

ニホン銀行紀行 ・ 山口県

山口県の山口市に本店を置く萩山口信用金庫は、預金2,029億円を持つ信用金庫だ。店舗21。「萩山口しんきん」と呼ばれ、山口市の道場門前に本店を構え、県都・山口市と、日本海に面した萩市を二つの軸として、県中部から北部を地盤とする。維新胎動の萩と、西の京・山口、二つの城下町を束ねる信金だ。

本拠のひとつ山口市は、室町時代に大内氏が京を模してまちを築いたことから「西の京」と呼ばれる。瑠璃光寺の五重塔がその雅を今に伝える、県都の城下町だ。もうひとつの軸である萩市は、毛利氏の城下町であり、幕末・維新胎動の地として知られる。吉田松陰の松下村塾から、高杉晋作・伊藤博文ら、近代日本を切り開いた多くの志士が巣立った。世界遺産の城下町の町並みが、いまも残る。萩山口信用金庫は、こうした歴史と維新の二つの城下町に根ざし、地域の中小事業者と住民に貸してきた。

この信金の数字を見ると、預貸率49.2%という、信用金庫として標準的な水準が目を引く。預金の半分弱を貸出に回している。一方で自己資本比率は14.34%と厚い。二つの城下町を束ねる信金は、何に貸しているのか。同じ山口の信金とも比べながら、数字を読みにいく。

数字を並べてみる

まず、絶対値から。萩山口信用金庫の預金は2,029億円、貸出金は999億円。預貸率は49.2%で、預金の半分弱を貸出に回している。自己資本比率は14.34%、不良債権比率は3.4%。店舗数は21。

同じ山口県の信金と比べてみる。瀬戸内の工業のまち・防府を地盤とする東山口信用金庫(預貸率50.9%・不良債権比率2.63%)、関門の本州西端・下関を地盤とする西中国信用金庫(預貸率54.3%・不良債権比率6.29%)と並べると、萩山口信用金庫の預貸率49.2%は、三者のなかでは控えめだ。東山口・西中国が5割を超えるなか、萩山口は半分弱にとどまる。一方で自己資本比率14.34%は、東山口(11.64%)・西中国(9.56%)より厚い。瀬戸内沿いの工業地帯を持つ二行に対し、萩山口は日本海側・内陸の城下町を地盤とし、大型の資金需要が相対的に乏しいぶん、貸出を抑えめにして資本を厚く保っていると読める。不良債権比率3.4%は低めに抑えられ、堅実に貸してきたことをうかがわせる。

山口県の信用金庫(令和7年3月末)
 萩山口信用金庫東山口信用金庫西中国信用金庫
本店山口市防府市下関市
預貸率49.2%50.9%54.3%
自己資本比率14.34%11.64%9.56%
不良債権比率3.4%2.63%6.29%

いずれも山口県の信金。萩山口は預貸率が控えめだが、自己資本比率は三者のなかで最も厚い。内陸・日本海側の城下町という地盤を映す。

山口と萩、二つの信金が一つになるまで

萩山口信用金庫は、2010年(平成22年)1月12日、山口信用金庫と萩信用金庫が合併して発足した。存続金庫は山口信用金庫で、合併に伴い「萩山口信用金庫」に改称した。本店は山口市道場門前の山口信金本店に置かれ、旧・萩信金本店には萩地区本部が設けられた。

合併前の二つの信金には、それぞれ長い歴史がある。山口信用金庫は、1919年(大正8年)1月、「有限責任山口信用組合」として設立され、1951年(昭和26年)に信用金庫へ改組した。一方の萩信用金庫は、さらに古く1917年(大正6年)2月、「有限責任萩積善信用組合」として設立され、約93年の歴史を歩んだのち、山口信金との合併でその名に幕を下ろした。西の京・山口と、維新胎動の萩——県中部から北部の二つの城下町の信金が、一つに結ばれたのが、いまの萩山口信用金庫だ。

歴史と維新の二つの城下町という地盤は、信用金庫にとって独特の性格を持つ。県都・山口市の行政・商業、萩の観光と地場産業、そして県中部から北部に点在する中小事業者——瀬戸内沿いの重化学工業地帯のような大型の資金需要は乏しく、内陸・日本海側の地域経済は、人口減少も進む。だから貸出は預金ほどには大きく伸びず、預貸率は5割弱にとどまる。これは、貸す力がないというより、地域の身の丈に合った貸出に徹し、資本を厚く保つ堅実な経営の表れだと読める。自己資本比率14.34%という、県内の信金のなかで最も厚い資本が、その姿勢を裏づけている。不良債権比率3.4%という低さは、二つの信金の歴史を受け継ぎながら、堅実に貸してきたことを映していると読める。

49.2%を、二つの城下町から読む

萩山口信用金庫の預貸率49.2%という控えめな水準は、瀬戸内の工業地帯を持つ県内の他の信金に対し、内陸・日本海側の城下町を地盤とし、大型の資金需要が相対的に乏しいことの表れだと読める。西の京・山口と維新胎動の萩、二つの城下町で、信金として貸せる相手に堅実に貸してきた。

そのうえで、自己資本比率14.34%という、県内の信金で最も厚い資本を保っていることが、この信金の性格を物語る。貸出を抑えめにして、資本を厚く保つ。二つの信金の歴史を受け継ぎ、地域とともに健全であろうとする堅実な経営——その姿勢が、49.2%という預貸率と、14.34%という厚い自己資本に表れていると読める。歴史と維新の二つの城下町で、萩山口しんきんは地域経済とともに歩んでいる。預貸率という数字をどう読むかについては、預貸率の読み方もあわせてどうぞ。

山口の経済とともに

萩山口信用金庫の数字は、西の京・山口と維新胎動の萩という二つの城下町と、二つの信金が一つになって歩んできた歴史の、両方を映している。内陸・日本海側の地域経済に、身の丈に合った貸出で応えながら、県内で最も厚い資本を保ってきた。歴史と維新の二つの城下町という土地柄が、49.2%という預貸率と14.34%という厚い自己資本に表れている。

銀行や信用金庫の数字は、その土地の経済と、その金融機関の生き方を映す鏡だ。萩山口信用金庫を見れば、二つの城下町の経済と、そこで堅実に貸す信金の姿が浮かぶ。山口県の他の金融機関は、瀬戸内の工業のまち・防府の東山口信用金庫、関門の本州西端の西中国信用金庫、県トップの地銀山口銀行、第二地銀の西京銀行山口県信用組合もあわせてどうぞ。預貸率という数字の読み方については、預貸率の読み方へ。山口県の他の金融機関と並べて眺めたい方は、山口県の地域金融機関のページへ。

萩山口信用金庫と融資のはなし

萩山口信用金庫は、西の京・山口と維新胎動の萩、二つの城下町に根ざす信用金庫です。地元の事業者に貸す信金とどう付き合うか、口座づくりから与信の考え方まで、知っておきたい銀行取引の基礎をまとめました。

預貸率とは 預貸率(よたいりつ)とは、金融機関の貸出金残高を預金残高で割った比率。預かった資金のうち、どれだけを貸出に回しているかを示す。同じ県の信金でも、瀬戸内側の工業地帯と内陸・日本海側の城下町とでは、資金需要の大きさが異なり、預貸率に差が出る。自己資本比率とあわせて見ることで、その信金の地盤と経営の性格が見えてくる。 → くわしくは「預貸率の読み方

執筆・監修:燧徹史(¥Today 編集責任者)

出典:預金・貸出金・預貸率・自己資本比率・不良債権比率・店舗数=金融庁「中小・地域金融機関情報一覧」令和7年3月末(信用金庫の計数は百万円単位を億円に換算。預貸率は貸出金÷預金で算出)。東山口信用金庫・西中国信用金庫の数値も同出典。
沿革(2010年1月12日に山口信用金庫と萩信用金庫が合併して発足し「萩山口信用金庫」に改称したこと〔存続金庫は山口信用金庫〕、山口信用金庫が1919年1月に「有限責任山口信用組合」として設立され1951年に信用金庫へ改組したこと、萩信用金庫が1917年2月に「有限責任萩積善信用組合」として設立されたこと、本店が山口市道場門前にあること、旧・萩信金本店に萩地区本部が置かれたこと)=萩山口信用金庫および各種公開情報にもとづく。
山口・萩の地理・歴史(山口市、西の京、大内氏、瑠璃光寺五重塔、萩市、毛利氏の城下町、維新胎動の地、吉田松陰、松下村塾、世界遺産)に関する記述=各種公開情報・歴史的事実。

本サイトは、資金繰り支援サービス「¥Today」が運営しています。

← ニホン銀行紀行へ | ¥Today トップへ