東予信用金庫——別子銅山の企業城下町・新居浜で、とうしんは何に貸すか
預貸率48.7%、預金1,076億円、自己資本比率15.48%、不良債権比率4.87%。愛媛県新居浜市に本店を置く東予信用金庫。別子銅山で栄えた企業城下町・新居浜に根ざす「とうしん」が、何に貸すのか。同じ愛媛の信金と比べながら、その数字と歴史を読む。
愛媛県の新居浜市に本店を置く東予信用金庫は、預金1,076億円を持つ信用金庫だ。店舗10。地元で「とうしん」と呼ばれ、新居浜市と四国中央市(旧・伊予三島)を主な地盤とする。別子銅山で栄えた企業城下町・新居浜に根ざす信金だ。
本拠の新居浜市は、愛媛県の東予地方、瀬戸内海に面した工業都市だ。江戸期に開かれた別子銅山は、住友グループの礎を築いた日本有数の銅山であり、新居浜は住友の企業城下町として発展した。いまも住友化学・住友重機械工業など住友系の大工場が集積する、四国屈指の工業地帯だ。秋の新居浜太鼓祭りは、勇壮な太鼓台が練り歩く東予の名物として知られる。もう一つの地盤・四国中央市は、全国有数の製紙のまちだ。東予信用金庫は、こうした銅と紙の東予に根ざし、地域の中小事業者と住民に貸してきた。
この信金の数字を見ると、預貸率48.7%という、信用金庫として標準的な水準が目を引く。預金の半分弱を貸出に回している。自己資本比率は15.48%と厚い。工業地帯の信金は、何に貸しているのか。同じ愛媛の信金とも比べながら、数字を読みにいく。
数字を並べてみる
まず、絶対値から。東予信用金庫の預金は1,076億円、貸出金は524億円。預貸率は48.7%で、預金の半分弱を貸出に回している。自己資本比率は15.48%、不良債権比率は4.87%。店舗数は10。
同じ愛媛県の信金と比べてみる。製紙のまち・四国中央を地盤とする川之江信用金庫(預貸率50.1%・自己資本比率23.91%)、南予の宇和島を地盤とする宇和島信用金庫(預貸率60.3%・不良債権比率3.41%)と並べると、東予信用金庫の預貸率48.7%は、愛媛の信金のなかでは中位だ。隣接する川之江(50.1%)とほぼ並び、よく貸す宇和島(60.3%)より控えめ。自己資本比率15.48%は信用金庫として十分に厚く、隣の川之江(23.91%)の極厚資本には及ばないものの、堅実な水準だ。住友系の大工場が集まる工業地帯にあっても、大企業の資金は地銀やメガバンクが担い、信金は中小に貸す。だから預貸率は半分弱にとどまる。不良債権比率4.87%は標準的で、堅実に貸してきたことをうかがわせる。
| 東予信用金庫 | 川之江信用金庫 | 宇和島信用金庫 | |
|---|---|---|---|
| 本店 | 新居浜市 | 四国中央市 | 宇和島市 |
| 預貸率 | 48.7% | 50.1% | 60.3% |
| 自己資本比率 | 15.48% | 23.91% | 9.87% |
| 不良債権比率 | 4.87% | 1.32% | 3.41% |
いずれも愛媛県の信金。東予は預貸率が中位、自己資本も堅実な水準。工業地帯の中小に貸す姿を映す。
新居浜市信用組合から——東予信用金庫の歩み
東予信用金庫は、1938年(昭和13年)11月5日、「保証責任新居浜市信用組合」として設立された。1943年(昭和18年)に市街地信用組合へ転換して新居浜信用組合に改組し、1951年(昭和26年)11月、信用金庫法に基づく信用金庫へ転換、新居浜信用金庫となった。1972年(昭和47年)2月1日には、製紙のまち・伊予三島を地盤とする伊予三島信用金庫と合併し、両地域を表す「東予信用金庫」に名称を変更した。本店は新居浜市中須賀町に置かれ、略称は「とうしん」。「共存共栄・相互扶助」を旗印に、東予地方の中小企業の発展を支えてきた。
銅と紙の東予という土地は、信用金庫にとって独特の地盤だ。別子銅山に始まる住友系の重化学工業、四国中央の製紙業、そして瀬戸内の港湾物流——大企業が集積する工業地帯だ。しかし、そうした大企業の資金需要は、地銀やメガバンクが担う。信金が貸すのは、大工場を取り巻く下請け・関連の中小企業や、地域の商店、住民だ。だから預貸率は半分弱にとどまる。これは、貸す力がないというより、工業地帯の裾野に広がる中小に、堅実に貸してきたことの表れだと読める。自己資本比率15.48%という厚い資本は、地域とともに健全であろうとする東予の信金らしい堅実さの表れだ。伊予三島信金との合併で東予全域に基盤を広げ、銅と紙の二つの産業のまちを束ねてきた歴史も、この信金の性格を形づくっている。
48.7%を、企業城下町から読む
東予信用金庫の預貸率48.7%という標準的な水準は、住友系の大工場が集まる工業地帯で、大企業の資金は地銀が担い、信金は中小の裾野に堅実に貸してきたことの表れだと読める。別子銅山の企業城下町・新居浜と、製紙のまち・四国中央で、信金として貸せる相手に貸してきた。預金は着実に集まり、その半分弱を地域に貸す。
そのうえで、自己資本比率15.48%という厚い資本を保っていることが、この信金の性格を物語る。工業地帯の中小に貸しながら、資本の備えを欠かさない。銅と紙の二つの産業のまちを束ね、地域とともに堅実に歩む——その姿勢が、48.7%という標準的な預貸率と、15.48%という厚い自己資本に表れていると読める。別子銅山の企業城下町で、とうしんは東予の経済とともに歩んでいる。預貸率という数字をどう読むかについては、預貸率の読み方もあわせてどうぞ。
愛媛の経済とともに
東予信用金庫の数字は、別子銅山で栄えた企業城下町・新居浜と製紙のまち・四国中央という土地と、二つの信金が合併して東予を束ねてきた歴史の、両方を映している。住友系の大工場が集まる工業地帯の中小に堅実に貸しながら、厚い資本を積んで健全性を保ってきた。銅と紙の東予という土地柄が、48.7%という標準的な預貸率と、15.48%という厚い自己資本に表れている。
銀行や信用金庫の数字は、その土地の経済と、その金融機関の生き方を映す鏡だ。東予信用金庫を見れば、別子銅山の企業城下町・新居浜の経済と、そこで工業地帯の中小に堅実に貸す信金の姿が浮かぶ。愛媛県の他の金融機関は、製紙のまちの川之江信用金庫、南予の宇和島信用金庫、松山の愛媛信用金庫、県内最大の地銀伊予銀行、第二地銀の愛媛銀行もあわせてどうぞ。預貸率という数字の読み方については、預貸率の読み方へ。愛媛県の他の金融機関と並べて眺めたい方は、愛媛県の地域金融機関のページへ。
東予信用金庫は、別子銅山の企業城下町・新居浜に根ざし、工業地帯の中小に堅実に貸す信用金庫です。地元の事業者に貸す信金とどう付き合うか、口座づくりから与信の考え方まで、知っておきたい銀行取引の基礎をまとめました。
執筆・監修:燧徹史(¥Today 編集責任者)
出典:預金・貸出金・預貸率・自己資本比率・不良債権比率・店舗数=金融庁「中小・地域金融機関情報一覧」令和7年3月末(信用金庫の計数は百万円単位を億円に換算。預貸率は貸出金÷預金で算出)。川之江信用金庫・宇和島信用金庫の数値も同出典。
沿革(1938年11月5日に「保証責任新居浜市信用組合」として設立されたこと、1951年11月に信用金庫へ転換し新居浜信用金庫となったこと、1972年2月1日に伊予三島信用金庫と合併して東予信用金庫に名称変更したこと、本店が新居浜市中須賀町にあること、新居浜市と四国中央市を主な地盤とすること、略称が「とうしん」であること)=東予信用金庫および各種公開情報にもとづく。
新居浜・東予の地理・歴史(新居浜市、別子銅山、住友グループ、企業城下町、住友系工場、新居浜太鼓祭り、四国中央市、製紙業)に関する記述=各種公開情報・歴史的事実。
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