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飯塚信用金庫——炭鉱で栄えた筑豊の城下町で、いいしんは何に貸すか

預貸率58.7%、預金2,787億円、自己資本比率17.72%、不良債権比率3.48%。福岡県飯塚市に本店を置く飯塚信用金庫。石炭で栄えた筑豊の中核都市・飯塚に根ざし、創立100年を超えた信金が、何に貸すのか。同じ福岡の信金と比べながら、その数字と歴史を読む。

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福岡県の飯塚市に本店を置く飯塚信用金庫は、預金2,787億円を持つ信用金庫だ。店舗20。「いいしん」の呼び名で知られ、飯塚市を中心に筑豊一帯に店舗を構える。福岡市の都市型商圏でも、北九州の工業地帯でもない、その中間に位置する筑豊の中核都市・飯塚に根ざしてきた信金だ。

本拠の飯塚市は、かつて筑豊炭田の中心都市として栄えた町だ。明治から昭和にかけて、筑豊は日本の近代化を支えた一大産炭地であり、飯塚はその商業・流通の拠点として人とお金が集まった。石炭産業の隆盛とともに発展した「炭都」のひとつだ。やがてエネルギーが石炭から石油へ移り、炭鉱が次々と閉じると、町は大きな構造転換を迫られた。いまは九州工業大学の情報工学部や近畿大学産業理工学部などを抱える学園都市の顔も持ち、近接する福岡都市圏のベッドタウン化も進む。飯塚信用金庫は、こうした炭鉱の盛衰を越えてきた筑豊に根ざしてきた信金だ。

この信金の数字で目を引くのは、預貸率58.7%という、信金として高めの水準と、自己資本比率17.72%という厚い資本の組み合わせだ。よく貸しながら、資本も厚い。不良債権比率は3.48%。なぜ、筑豊の信金は、こうした数字になるのか。同じ福岡県の信金とも比べながら、数字を読みにいく。

数字を並べてみる

まず、絶対値から。飯塚信用金庫の預金は2,787億円、貸出金は1,636億円。預貸率は58.7%で、預金の6割近くを貸出に回している。自己資本比率は17.72%、不良債権比率は3.48%。店舗数は20、中小企業等への貸出残高は1,398億円。

同じ福岡県の信金と比べてみる。北九州を地盤とする福岡ひびき信用金庫(預貸率52.5%・自己資本10.7%)、北九州と筑豊のはざまの遠賀信用金庫(預貸率68.8%・自己資本14.41%)と並べると、飯塚信用金庫の預貸率58.7%は中ほどにある。ただ、自己資本比率17.72%は、この三者のなかで際立って厚い。よく貸す遠賀信用金庫より高く、規模で勝る福岡ひびき信用金庫よりも厚い。中小企業等への貸出残高1,398億円は貸出金の8割超を占め、地元の中小事業者に深く貸しながら、厚い資本で備えている姿が読み取れる。不良債権比率3.48%は、炭鉱の盛衰という大きな構造転換を経た土地で地域とともに歩んできたことを映していると読める。

福岡県の信用金庫(令和7年3月末)
 飯塚信用金庫福岡ひびき信用金庫遠賀信用金庫
本店飯塚市北九州市遠賀郡
預貸率58.7%52.5%68.8%
自己資本比率17.72%10.7%14.41%
不良債権比率3.48%2.66%3.07%

いずれも福岡県の信金。飯塚は預貸率では中ほどだが、自己資本比率では三者のなかで際立って厚い。

飯塚庶民金庫から——飯塚信用金庫の歩み

飯塚信用金庫は、1922年(大正11年)12月22日に「有限責任信用組合飯塚庶民金庫」として発足した。筑豊炭田が活況を呈していた時代に、庶民と中小の商工業者のための金融機関として生まれている。1950年(昭和25年)に中小企業等協同組合法に基づき飯塚信用組合に改組し、1951年(昭和26年)、信用金庫法に基づいて飯塚信用金庫となった。1971年(昭和46年)には宮田信用金庫と合併し、現在の姿に至っている。2022年(令和4年)12月、創立100周年を迎えた。「地域を創造するトータルコア企業」を掲げ、産業・生活・環境・文化といった分野で地域を支えることを経営理念としている。

筑豊という土地は、信用金庫にとって独特の歴史を背負った地盤だ。石炭で栄え、石炭の衰退とともに人口減と産業構造の転換を経験した。炭都の賑わいが去ったあと、地元に残った中小の商工業者や、新たに根づいた産業を支える——それが、戦後の筑豊の信金に課された役割だった。飯塚信用金庫の預貸率58.7%という信金として高めの水準は、地元の中小事業者の資金需要によく応えてきたことの表れだと読める。一方で、自己資本比率17.72%という厚い資本は、構造転換を経験した土地ゆえに、慎重に備えを積んできたことの表れだと読める。よく貸しつつ、厚く備える——その両立が、この信金の数字に出ていると読める。

58.7%を、筑豊から読む

飯塚信用金庫の預貸率58.7%という信金として高めの水準は、炭鉱の盛衰を越えた筑豊で、地元の中小事業者の資金需要に応え続けてきたことの表れだと読める。福岡都市圏のベッドタウン化が進み、学園都市の顔も持つようになった飯塚で、貸出は地域の暮らしと商いに向かってきた。

そのうえで、自己資本比率17.72%という厚い資本が共存していることが、この信金の性格を物語る。よく貸す信金は資本が薄くなりがちだが、飯塚信用金庫はよく貸しながら厚い資本を保っている。石炭という基幹産業を失う痛みを経験した土地だからこそ、貸すことと備えることを両立させてきた——その姿勢が、58.7%と17.72%という二つの数字に表れていると読める。不良債権比率3.48%は、構造転換のなかで地域とともに歩んできたことを映していると読める。預貸率という数字をどう読むかについては、預貸率の読み方もあわせてどうぞ。

福岡の経済とともに

飯塚信用金庫の数字は、炭鉱で栄えた筑豊という土地と、その盛衰を越えて100年を歩んできた信金の歴史の、両方を映している。地元の中小事業者によく貸し、同時に厚い資本を保ちながら、筑豊の経済を支えてきた。石炭から学園都市・ベッドタウンへと姿を変えた土地の歩みが、58.7%という預貸率と17.72%という自己資本比率に表れている。

銀行や信用金庫の数字は、その土地の経済と、その金融機関の生き方を映す鏡だ。飯塚信用金庫を見れば、筑豊の経済と、そこで地域に貸す信金の姿が浮かぶ。福岡県の他の金融機関は、北九州の福岡ひびき信用金庫、北九州と筑豊のはざまの遠賀信用金庫、九州最大の地銀福岡銀行、預金をほぼ貸し切る西日本シティ銀行もあわせてどうぞ。預貸率という数字の読み方については、預貸率の読み方へ。福岡県の他の金融機関と並べて眺めたい方は、福岡県の地域金融機関のページへ。

飯塚信用金庫と融資のはなし

飯塚信用金庫は、筑豊に深く根ざした信用金庫です。地元の中小事業者に貸す信金とどう付き合うか、口座づくりから与信の考え方まで、知っておきたい銀行取引の基礎をまとめました。

預貸率とは 預貸率(よたいりつ)とは、金融機関の貸出金残高を預金残高で割った比率。預かった資金のうち、どれだけを貸出に回しているかを示す。信用金庫では4〜5割台にとどまることも多いなか、6割近い水準は、地元の中小事業者への貸出に積極的なことをうかがわせる。自己資本比率とあわせて見ることで、その信金の姿が見えてくる。 → くわしくは「預貸率の読み方

執筆・監修:燧徹史(¥Today 編集責任者)

出典:預金・貸出金・預貸率・自己資本比率・不良債権比率・中小企業等向け貸出残高・店舗数=金融庁「中小・地域金融機関情報一覧」令和7年3月末(信用金庫の計数は百万円単位を億円に換算。預貸率は貸出金÷預金で算出)。福岡ひびき信用金庫・遠賀信用金庫の数値も同出典。
沿革(1922年12月22日に「有限責任信用組合飯塚庶民金庫」として発足したこと、1950年に飯塚信用組合に改組、1951年に信用金庫法に基づき飯塚信用金庫となったこと、1971年に宮田信用金庫と合併したこと、2022年12月に創立100周年を迎えたこと、「いいしん」と呼ばれること、「地域を創造するトータルコア企業」を掲げること)=飯塚信用金庫および各種公開情報にもとづく。
飯塚・筑豊の地理・産業(飯塚、筑豊、筑豊炭田、炭都、石炭、学園都市、九州工業大学情報工学部、近畿大学産業理工学部、福岡都市圏のベッドタウン化)に関する記述=各種公開情報。

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