大牟田柳川信用金庫——炭鉱のまちと水郷で、おおむたやながわしんは何に貸すか
預貸率46.6%、預金1,955億円、自己資本比率15.8%、不良債権比率5.79%。福岡県大牟田市に本店を置く大牟田柳川信用金庫。三池炭鉱のまち大牟田と水郷・柳川に根ざす信金が、何に貸すのか。同じ福岡の信金と比べながら、その数字と歴史を読む。
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福岡県の大牟田市に本店を置く大牟田柳川信用金庫は、預金1,955億円を持つ信用金庫だ。店舗14。大牟田市・柳川市・みやま市・筑後市など福岡県南部の有明海沿岸を中心に、熊本県の荒尾市など県境にも広がる。三池炭鉱のまち大牟田と、水郷・柳川に根ざす信金だ。
本拠の大牟田市は、福岡県の最南端、有明海に面した県境のまちだ。明治から昭和にかけて、三池炭鉱の石炭産業で日本の近代化を支え、九州有数の工業都市として栄えた。三池炭鉱関連の施設は、いまユネスコ世界遺産「明治日本の産業革命遺産」の構成資産となっている。一方、合併相手だった柳川市は、市内を網の目のように掘割(水路)が巡る水郷として知られ、川下りの観光と、詩人・北原白秋の故郷として名高い。炭鉱で栄えた工業のまちと、水と詩のまち——性格の異なる二つの地域が、一つの信金のもとに結ばれている。大牟田柳川信用金庫は、こうした有明海沿岸の地に根ざし、地域の中小事業者と住民に貸してきた。
この信金の数字を見ると、預貸率46.6%という水準に対し、自己資本比率15.8%という厚さと、不良債権比率5.79%というやや高めの数字が同居している。炭鉱の閉山という大きな変化を経た地で、信金は何を抱えてきたのか。同じ福岡の信金とも比べながら、数字を読みにいく。
数字を並べてみる
まず、絶対値から。大牟田柳川信用金庫の預金は1,955億円、貸出金は910億円。預貸率は46.6%で、預金の半分弱を貸出に回している。自己資本比率は15.8%、不良債権比率は5.79%。店舗数は14。
同じ福岡県の信金と比べてみる。飯塚の飯塚信用金庫(預貸率58.7%・自己資本比率17.72%)、大川の大川信用金庫(預貸率40.1%・不良債権比率9.04%)、福岡市の福岡信用金庫(預貸率68.6%)と並べると、大牟田柳川信用金庫の預貸率46.6%は、福岡の信金のなかでは中位だ。福岡市内の福岡信金が7割近く貸すのに対し、人口減少が進む県南の大牟田柳川は半分弱。これは、地盤が炭鉱の閉山後に人口を減らしてきた地であり、大型の資金需要が乏しいことの表れだと読める。注目すべきは自己資本比率15.8%という厚さで、これは無理に貸さず健全性を保つ守りの構えを示している。一方、不良債権比率5.79%というやや高めの数字は、産業構造の転換と人口減少のなかで、地域の事業の浮き沈みを引き受けてきたことの表れだと読める。
| 大牟田柳川信用金庫 | 飯塚信用金庫 | 大川信用金庫 | 福岡信用金庫 | |
|---|---|---|---|---|
| 本店 | 大牟田市 | 飯塚市 | 大川市 | 福岡市 |
| 預貸率 | 46.6% | 58.7% | 40.1% | 68.6% |
| 自己資本比率 | 15.8% | 17.72% | 17.28% | 9.36% |
| 不良債権比率 | 5.79% | 3.48% | 9.04% | 2.28% |
いずれも福岡県の信金。大牟田柳川は預貸率が中位で、自己資本比率は厚め。炭鉱閉山後の県南で、健全性を保ちつつ地域に貸す姿を映す。
三川信用購買組合から——大牟田柳川信用金庫の歩み
大牟田柳川信用金庫の起源は、1917年(大正6年)5月21日に設立された「三川信用購買組合」にさかのぼる。三池炭鉱で栄える大牟田の、地域の購買と金融を担う組合だった。1925年(大正14年)に信用組合へ転換し、戦後の改組を経て、1950年(昭和25年)に大牟田信用金庫となった。一方、水郷・柳川にも地域に根ざした柳川信用金庫があった。そして2004年(平成16年)11月15日、大牟田信用金庫と柳川信用金庫が対等合併し、「大牟田柳川信用金庫」が誕生した。本店営業部は旧大牟田信金本店に置かれ、旧柳川信金本店は柳川営業部となった。炭鉱のまちと水郷のまち、二つの信金が一つになり、福岡県南の有明海沿岸を支える信金となった。
炭鉱の閉山を経た有明海沿岸という土地は、信用金庫にとって厳しくも重い地盤だ。三池炭鉱は1997年に閉山し、大牟田の人口は最盛期から大きく減った。産業構造は石炭から、化学・環境・リサイクルなどの新しい産業へと転換を図ってきたが、人口減少と高齢化は続く。柳川やみやまの農業・観光も含め、地域経済は緩やかな縮小と再編のなかにある。大牟田柳川信金は、この炭鉱閉山後の県南で、地域とともに踏みとどまってきた。「わが町応援隊」を掲げ、創業支援や地域の事業継承を支える役割を担う。預貸率46.6%という中位の水準は、人口減少のなかで地域の中小に着実に貸してきた表れだ。自己資本比率15.8%という厚い資本は、無理をせず健全性を守る姿勢の表れであり、不良債権比率5.79%というやや高めの数字は、産業構造の転換期にある地域の事業の厳しさを引き受けてきたことの裏返しだと読める。
46.6%を、炭鉱のまちと水郷から読む
大牟田柳川信用金庫の預貸率46.6%という中位の水準と、自己資本比率15.8%という厚さ、不良債権比率5.79%というやや高めの数字の組み合わせは、炭鉱閉山後の有明海沿岸で、人口減少と産業転換の波を受けながら、地域の中小に着実に貸し続けてきたことの表れだと読める。福岡市内の信金が7割近く貸すのとは対照的に、県南の大牟田柳川は半分弱。預金は集まっても、貸出は預金の半分弱にとどまる。
そのうえで、自己資本比率15.8%という厚い資本を保っていることが、この信金の姿勢を物語る。人口減少と産業転換の地で、無理に貸さず健全性を守りながら、地域に踏みとどまる。炭鉱のまちと水郷の暮らしとともに、地域の再生を支える——その構えが、46.6%という預貸率と、15.8%という厚い自己資本に表れていると読める。炭鉱のまち大牟田と水郷・柳川で、この信金は福岡県南の経済とともに歩んでいる。預貸率という数字をどう読むかについては、預貸率の読み方もあわせてどうぞ。
福岡の経済とともに
大牟田柳川信用金庫の数字は、三池炭鉱のまち大牟田と水郷・柳川という土地と、二つの信金が合併して有明海沿岸を支えてきた歴史の、両方を映している。炭鉱閉山後の人口減少と産業転換のなかで、地域の中小に着実に貸しながら、厚い資本で健全性を守ってきた。炭鉱のまちと水郷という土地柄と、地域の再生を支える姿勢が、46.6%という預貸率と、15.8%という厚い自己資本に表れている。
銀行や信用金庫の数字は、その土地の経済と、その金融機関の生き方を映す鏡だ。大牟田柳川信用金庫を見れば、炭鉱のまちと水郷の経済と、そこで地域の再生を支える信金の姿が浮かぶ。福岡県の他の金融機関は、飯塚の飯塚信用金庫、福岡市の福岡信用金庫、遠賀の遠賀信用金庫、県内最大の地銀福岡銀行、西日本シティ銀行もあわせてどうぞ。預貸率という数字の読み方については、預貸率の読み方へ。福岡県の他の金融機関と並べて眺めたい方は、福岡県の地域金融機関のページへ。
大牟田柳川信用金庫は、炭鉱のまち大牟田と水郷・柳川に根ざし、人口減少の地で地域の中小に着実に貸す信用金庫です。地元の事業者に貸す信金とどう付き合うか、口座づくりから与信の考え方まで、知っておきたい銀行取引の基礎をまとめました。
執筆・監修:燧徹史(¥Today 編集責任者)
出典:預金・貸出金・預貸率・自己資本比率・不良債権比率・店舗数=金融庁「中小・地域金融機関情報一覧」令和7年3月末(信用金庫の計数は百万円単位を億円に換算。預貸率は貸出金÷預金で算出)。飯塚信用金庫・大川信用金庫・福岡信用金庫の数値も同出典。
沿革(起源が1917年5月21日設立の「三川信用購買組合」にさかのぼること、1925年に信用組合へ転換したこと、旧大牟田信用金庫が1950年に信用金庫となったこと、2004年11月15日に大牟田信用金庫と柳川信用金庫が対等合併し大牟田柳川信用金庫が誕生したこと、本店営業部が旧大牟田信金本店に置かれ旧柳川信金本店が柳川営業部となったこと、本店が大牟田市有明町にあること、大牟田・柳川・みやま・筑後など福岡県南部と熊本県荒尾市などを営業区域とすること)=大牟田柳川信用金庫および各種公開情報にもとづく。
大牟田・柳川の地理・歴史(大牟田市、柳川市、みやま市、有明海、三池炭鉱、明治日本の産業革命遺産、掘割、水郷、川下り、北原白秋)に関する記述=各種公開情報・歴史的事実。
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