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桐生信用金庫——織物のまちで、きりしんは何に貸すか

預貸率55.6%、預金5,666億円、自己資本比率10.03%、不良債権比率5.55%。群馬県桐生市に本店を置く桐生信用金庫。「西の西陣、東の桐生」と称された織物のまち・桐生に根ざす「きりしん」が、何に貸すのか。同じ群馬・両毛の信用金庫と比べながら、その数字と歴史を読む。

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群馬県の桐生市に本店を置く桐生信用金庫は、預金5,666億円を持つ信用金庫だ。店舗33。地元では「きりしん」と呼ばれる。群馬県の東部、いわゆる東毛地区を中心に、桐生・太田・みどり・伊勢崎・前橋などへ、さらに県境を越えて栃木県の足利・佐野、埼玉県の本庄へと店舗網を広げている。桐生市内では、預金・貸出金ともにシェア第一位を占める、このまちの中核的な金融機関だ。

本拠の桐生は、「西の西陣、東の桐生」と称された、日本を代表する織物のまちだ。古くから絹織物の産地として栄え、奈良時代の朝廷に絹を納めたという伝承を持つ。江戸期以降は高級絹織物「桐生織」の名で知られ、近代には織物業を軸に発展した。隣接する栃木の足利とあわせて「両毛」の織物産地を形づくり、繊維のまちとして歩んできた。桐生信用金庫は、こうした織物のまち・桐生と、東毛・両毛の地場産業に根ざし、地域の事業者と住民を支えてきた。

この信金の数字で目を引くのは、預貸率55.6%という水準と、不良債権比率5.55%というやや高めの数字だ。なぜ、織物のまちの信金は、こうした数字になるのか。同じ群馬・両毛を地盤とする信用金庫とも比べながら、数字を読みにいく。

数字を並べてみる

まず、絶対値から。桐生信用金庫の預金は5,666億円、貸出金は3,148億円。預貸率は55.6%で、預金の半分強を貸出に回している。自己資本比率は10.03%、不良債権比率は5.55%。店舗数は33、中小企業等への貸出先は1万9千先を超える。

同じ群馬・両毛を地盤とする信用金庫と比べてみる。だるまの高崎信用金庫(預貸率40.6%・不良債権比率4.35%)、富岡製糸場の西毛に根ざすしののめ信用金庫(預貸率40.9%・不良債権比率5.04%)と並べると、桐生信用金庫の預貸率55.6%は、群馬の信金のなかでは高めだ。県境を越えた足利小山信用金庫(預貸率45.1%・不良債権比率4.78%)とあわせて見ると、両毛の織物産地の信金は、いずれも繊維産業の構造変化を映してやや高めの焦げ付きを抱えている。桐生信用金庫の不良債権比率5.55%も、その地場産業の浮き沈みを引き受けてきたことの表れだと読める。

群馬・両毛の信用金庫(令和7年3月末)
 桐生信用金庫高崎信用金庫しののめ信用金庫
本店桐生市高崎市富岡市
預金5,666億円5,261億円1兆464億円
預貸率55.6%40.6%40.9%
自己資本比率10.03%11.42%8.50%
不良債権比率5.55%4.35%5.04%

桐生信用金庫の預貸率は群馬の信金のなかでは高め。織物産地の信金は、繊維産業の構造変化を映してやや高めの焦げ付きを抱える。

関東大震災から100年——桐生信用金庫の歩み

桐生信用金庫は、1925年(大正14年)2月、有限責任桐生信用組合として設立された。関東大震災後の経済混乱と庶民の疲弊を、共同の力によって打開するため、桐生市内の山田郡役場内に、職員5名でスタートした。1951年(昭和26年)、信用金庫法の施行にともない、桐生信用金庫へと改組。1982年に預金量1,000億円を達成し、1992年(平成4年)には、桐生中央・上毛の2つの信用金庫と合併して、東毛地区での基盤を固めた。2025年には創立100周年を迎え、創業の地・桐生に新本店を建て替え開業している。

新本店は、初代本店を思わせるレンガ調の外観をまとう。屋上には、関東大震災に端を発した経済恐慌からの復興を目指した創立時の初心に立ち返り、不死鳥を表す風見鶏が据えられた。吹き抜けのロビーには、桐生織で金を織り込んだ帯地「桐生金襴(きんらん)」が展示されている。織物のまちの信金らしい、地場産業への敬意が形になった本店だ。近年は、桐生市の創業支援事業計画において唯一の金融機関として参画し、創業・新事業を目指す事業者への支援にも力を入れている。

55.6%と5.55%を、織物のまちから読む

桐生信用金庫の預貸率55.6%という水準は、桐生市内でシェア第一位を占める中核金融機関として、東毛・両毛の地場産業に貸していることの表れだと読める。織物業を軸に発展した桐生・足利の両毛産地は、繊維の関連事業者が集まる、信用金庫が貸す相手のある土地だ。桐生信用金庫は、このまちのものづくりと商いに密着して貸し、預金の半分強を貸出に回している。

一方、不良債権比率5.55%というやや高めの数字は、織物産業の構造変化を引き受けてきたことの表れだと読める。かつて隆盛をきわめた繊維産業は、輸入品との競争や産業構造の転換のなかで、長い構造変化に直面してきた。両毛の織物産地の信金がいずれもやや高めの焦げ付きを抱えるのは、その地場産業の浮き沈みを地域とともに引き受けてきたからだと読める。自己資本比率10.03%は、信用金庫として基準を満たす水準だ。織物のまち・桐生で中核金融機関として地場産業に貸し、その構造変化を引き受ける——それが、桐生信用金庫の数字に表れた生き方だと読める。預貸率という数字をどう読むかについては、預貸率の読み方もあわせてどうぞ。

群馬の経済とともに

桐生信用金庫の数字は、織物のまち・桐生という土地と、関東大震災後の混乱のなかで生まれ100年を歩んだ信金の歩みの、両方を映している。預金の半分強を地域に貸し、東毛・両毛の地場産業を支えてきた。「東の桐生」と称された織物産地の経済と、その構造変化が、55.6%という預貸率と、5.55%という焦げ付きに表れている。

銀行や信用金庫の数字は、その土地の経済と、その金融機関の生き方を映す鏡だ。桐生信用金庫を見れば、織物のまち・桐生の経済と、そこで地場産業に貸す信金の姿が浮かぶ。群馬県の他の金融機関は、だるまの高崎信用金庫、富岡製糸場の西毛のしののめ信用金庫、北関東の雄群馬銀行もあわせてどうぞ。県境を越えた両毛の足利小山信用金庫も対照的です。預貸率という数字の読み方については、預貸率の読み方へ。群馬県の他の金融機関と並べて眺めたい方は、群馬県の地域金融機関のページへ。

桐生信用金庫と融資・保証のはなし

預貸率55.6%の桐生信用金庫は、地場産業の中小事業者によく貸す信用金庫です。実際に借りることを考えるなら、申込の前に手順と制度を押さえておきたいもの。融資の進め方と保証のしくみを、用語とあわせてまとめました。

預貸率とは 預貸率(よたいりつ)とは、金融機関の貸出金残高を預金残高で割った比率。預かった資金のうち、どれだけを貸出に回しているかを示す。織物などの地場産業を軸に発展したまちを地盤とする信用金庫は、関連事業者に貸して預貸率が高めになる一方、産業の構造変化を映して不良債権比率がやや高くなることがある。焦げ付きを示す不良債権比率や、備えを示す自己資本比率とあわせて見ることで、その信金の置かれた地盤が見えてくる。 → くわしくは「預貸率の読み方

執筆・監修:燧徹史(¥Today 編集責任者)

出典:預金・貸出金・預貸率・自己資本比率・不良債権比率・中小企業等向け貸出先件数・店舗数=金融庁「中小・地域金融機関情報一覧」令和7年3月末(信用金庫の計数は百万円単位を億円に換算。預貸率は貸出金÷預金で算出)。高崎信用金庫・しののめ信用金庫・足利小山信用金庫の数値も同出典。
沿革・地域(桐生市に本店を置き、群馬県東毛地区を中心に栃木県足利・佐野、埼玉県本庄まで店舗網を持ち、桐生市内で預金・貸出金ともにシェア第一位であること、1925年2月に関東大震災後の経済混乱を打開するため有限責任桐生信用組合として設立され、1951年に桐生信用金庫へ改組、1992年に桐生中央・上毛の2信用金庫と合併、2025年に創立100周年を迎え新本店を建て替え開業したこと、新本店にレンガ調の外観・不死鳥の風見鶏・桐生金襴の展示があること、桐生市の創業支援事業計画に唯一の金融機関として参画していること、桐生が「西の西陣、東の桐生」と称された織物のまちであること)に関する記述=桐生信用金庫および各種公開情報にもとづく。
桐生・両毛の地理・歴史(桐生、桐生織、両毛、東毛、足利、西陣、絹織物)に関する記述=各種公開情報。

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