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大田原信用金庫——那須野が原の与一の里で、だいしんはなぜ預金の6割を貸すか

預貸率62.5%、預金1,337億円、自己資本比率13.42%、不良債権比率4.85%。栃木県大田原市に本店を置く大田原信用金庫。那須野が原・与一の里に根ざす「だいしん」が、なぜ預金の6割を貸すのか。同じ栃木の信金と比べながら、その数字と歴史を読む。

ニホン銀行紀行 ・ 栃木県

栃木県の大田原市に本店を置く大田原信用金庫は、預金1,337億円を持つ信用金庫だ。店舗8。地元で「だいしん」と呼ばれ、大田原市を中心に、那須塩原市・那須町・矢板市・さくら市・塩谷町など、栃木県北の那須地方を地盤とする。那須野が原・与一の里に根ざす信金だ。

本拠の大田原市は、栃木県の北東部、那須連山のふもとに広がる那須野が原の中心都市だ。源平の屋島の合戦で扇の的を射抜いた那須与一ゆかりの地として「与一の里」と呼ばれ、松尾芭蕉が『奥の細道』で長く逗留した地でもある。広大な那須野が原は、明治期の開拓で水田と畑が拓かれた米どころ・農業地帯であり、いまも農業と地場の中小商工業、そして那須の観光が地域経済を支える。大田原信用金庫は、こうした那須野が原の与一の里に根ざし、地域の中小事業者と住民に貸してきた。

この信金の数字で際立つのは、預貸率62.5%という高さだ。預金1,337億円に対し、貸出金は836億円。預金の6割超を貸出に回している。多くの信金が預金の3~5割を貸すなか、ここは6割を超える。栃木県北の信金は、なぜこれほどよく貸すのか。同じ栃木の信金とも比べながら、数字を読みにいく。

数字を並べてみる

まず、絶対値から。大田原信用金庫の預金は1,337億円、貸出金は836億円。預貸率は62.5%で、預金の6割超を貸出に回している。自己資本比率は13.42%、不良債権比率は4.85%。店舗数は8。

同じ栃木県の信金と比べてみる。那珂川の烏山信用金庫(預貸率40.3%)、佐野の佐野信用金庫(預貸率45.3%)、鹿沼の鹿沼相互信用金庫(預貸率47.2%)と並べると、大田原信用金庫の預貸率62.5%は、栃木の信金のなかで際立って高い。烏山・佐野・鹿沼が4割台にとどまるなか、大田原は6割を超える。預金規模1,337億円は小さめだが、その6割超を地域に貸している。自己資本比率13.42%は信用金庫として堅実な水準だ。那須地方の中小と農業に、預金の多くを積極的に還元している姿がうかがえる。「資金の地産地消」を掲げる、この信金らしい数字だ。不良債権比率4.85%は標準的で、よく貸しながらも堅実さを保っていることをうかがわせる。

栃木県の信用金庫(令和7年3月末)
 大田原信用金庫烏山信用金庫佐野信用金庫鹿沼相互信用金庫
本店大田原市那須烏山市佐野市鹿沼市
預貸率62.5%40.3%45.3%47.2%
自己資本比率13.42%11.86%10.73%9.44%
不良債権比率4.85%4.01%1.79%2.34%

いずれも栃木県の信金。大田原は預貸率が群を抜いて高い。那須地方の中小と農業に預金をよく還元する姿を映す。

大田原町信用組合から——大田原信用金庫の歩み

大田原信用金庫は、1928年(昭和3年)2月10日、「有限責任大田原町信用組合」として設立された。1952年(昭和27年)6月、信用金庫法に基づき大田原信用金庫となった。本店は大田原市中央に置かれ、略称は「だいしん」。2024年(令和6年)には創立96年を迎えた。シンボルマークは、大田原の頭文字〈O〉と信用金庫の頭文字〈S〉を組み合わせたもので、〈S〉にはお客さまのサクセス(成功)とサービス(奉仕)の精神が込められているという。取引先の経営者で組織する「だいしん経営塾」を開くなど、コミュニティーバンクとしての取り組みにも力を入れてきた。

那須野が原の与一の里という土地は、信用金庫にとって独特の地盤だ。明治の開拓で拓かれた広大な農業地帯、那須の観光、そして大田原・那須塩原に広がる地場の中小商工業——県北の地方都市圏として、堅実な資金需要がある。そして大田原信金は、「資金の地産地消」を掲げ、集めた預金を那須地方に積極的に貸し出してきた。預貸率62.5%という、栃木の信金で際立って高い水準は、その姿勢の表れだ。県北という、メガバンクや大手地銀の支店網が手薄になりがちな地で、信金が地域の中小と農業の資金需要に深く応えてきた——その結果が、この高い預貸率だと読める。自己資本比率13.42%という堅実な資本は、よく貸しながらも健全性を保ってきたことを示している。不良債権比率4.85%という標準的な数字も、積極的に貸しつつ焦げ付きを抑えてきたことを裏づけている。

62.5%を、与一の里から読む

大田原信用金庫の預貸率62.5%という高さは、「資金の地産地消」を掲げ、那須地方の中小と農業に、集めた預金を積極的に還元してきたことの表れだと読める。県北の信金が4割台にとどまるなか、大田原は6割を超える。預金は着実に集まり、その多くを地域に貸す。県北という、大手の支店網が手薄になりがちな地で、信金が地域の資金需要に深く応えてきた姿がそこにある。

そのうえで、自己資本比率13.42%という堅実な資本を保っていることが、この信金の性格を物語る。よく貸しながらも、資本の備えを欠かさず、焦げ付きを抑える。地域に積極的に貸しつつ、健全性も保つ——その両立が、62.5%という高い預貸率と、13.42%という堅実な自己資本に表れていると読める。那須野が原の与一の里で、だいしんは栃木県北の経済とともに歩んでいる。預貸率という数字をどう読むかについては、預貸率の読み方もあわせてどうぞ。

栃木の経済とともに

大田原信用金庫の数字は、那須野が原の与一の里という土地と、「資金の地産地消」を掲げて地域に貸してきた歩みの、両方を映している。那須地方の中小と農業に、集めた預金を積極的に還元しながら、堅実な資本も保ってきた。県北の地方都市圏という土地柄と、地域に深く貸す姿勢が、62.5%という高い預貸率と、13.42%という堅実な自己資本に表れている。

銀行や信用金庫の数字は、その土地の経済と、その金融機関の生き方を映す鏡だ。大田原信用金庫を見れば、那須野が原・与一の里の経済と、そこで地域に積極的に貸す信金の姿が浮かぶ。栃木県の他の金融機関は、那珂川の烏山信用金庫、佐野の佐野信用金庫、鹿沼の鹿沼相互信用金庫、両毛の足利小山信用金庫、県内最大の地銀足利銀行もあわせてどうぞ。預貸率という数字の読み方については、預貸率の読み方へ。栃木県の他の金融機関と並べて眺めたい方は、栃木県の地域金融機関のページへ。

大田原信用金庫と融資のはなし

大田原信用金庫は、那須野が原・与一の里に根ざし、「資金の地産地消」で地域によく貸す信用金庫です。地元の事業者に貸す信金とどう付き合うか、口座づくりから与信の考え方まで、知っておきたい銀行取引の基礎をまとめました。

預貸率とは 預貸率(よたいりつ)とは、金融機関の貸出金残高を預金残高で割った比率。預かった資金のうち、どれだけを貸出に回しているかを示す。6割を超える高い預貸率は、地域の資金需要に積極的に応える姿勢の表れであることが多い。大手の支店網が手薄な地方都市圏では、信金がその役割を深く担うことがある。自己資本比率や不良債権比率とあわせて見ることで、その姿が立体的に見えてくる。 → くわしくは「預貸率の読み方

執筆・監修:燧徹史(¥Today 編集責任者)

出典:預金・貸出金・預貸率・自己資本比率・不良債権比率・店舗数=金融庁「中小・地域金融機関情報一覧」令和7年3月末(信用金庫の計数は百万円単位を億円に換算。預貸率は貸出金÷預金で算出)。烏山信用金庫・佐野信用金庫・鹿沼相互信用金庫の数値も同出典。
沿革(1928年2月10日に「有限責任大田原町信用組合」として設立されたこと、1952年6月に信用金庫法に基づき大田原信用金庫となったこと、本店が大田原市中央にあること、大田原市を中心に那須塩原・那須町・矢板・さくらなど県北を地盤とすること、略称が「だいしん」であること、シンボルマークが〈O〉と〈S〉を組み合わせたものであること、「資金の地産地消」を掲げること、だいしん経営塾を開くこと)=大田原信用金庫および各種公開情報にもとづく。
大田原の地理・歴史(大田原市、那須野が原、那須連山、那須与一、与一の里、奥の細道、松尾芭蕉、開拓、農業地帯)に関する記述=各種公開情報・歴史的事実。

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